2009年1月 3日

俯瞰する

2009年 己・丑・九紫火星(つちのと・うし・きゅうしかせい)の年

昨年は戊(つちのえ=茂る)でものが茂った。悪も、混乱も茂った。
己は紀の糸偏を省略したもので、乱れた糸に筋を通すこと。
今年は乱れたものを正してあらゆることを正しく治める意味を持っているそうだ。
また、ものごとが曲がり、うまく伸びない。とにかく屈曲の多い一年で、かなり危険な年になる。

丑は紐で、育ったものを結び養う意味がある。子の年に発生したものがさらに延びてこれを整え、養うことを示している。
こうして己丑の年は世界に自己中心の気が漂い、それが伸びて力を加える、というかなり危険な年になるという。

九紫火星は火の性質を持ち、六月の気。夏至に当るから、激しい年になりそうだ。
また、落雷による山火事と出火が大きな事故になり、火山の大規模な爆発が予想され、歴史に残る干ばつが起きるという。

以上が最近読んだ暦の本の超簡略概説である。
何となく、昨年来の世の中の流れと一致しており、今年の一年の位置づけや、イメージができる。

知恵と発見、飢餓と干ばつ、紛争と華やかさ
今年の一年は忙しい。

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2008年11月12日

自分マニフェスト

ある偉い人と会話していた時に、この部門にはプロジェクトを任せられる人がいない、と言うような発言があった。
聞いていて少し違和感を感じた。

おやおや、そんな人材、放って置いて独りでに出てくるものでもないでしょう。
人が居ないのではなく、育てなかったのでしょう。
もっと遡ると、世の中の見方、業界の見方、若い人の見方が間違っていたのではないか。

時代がどんどん動いていく。
我々が対象とする仕事のscopeも質も、以前より遥かに複雑に難しくなっている。
人への接し方、チームの纏め方、プロジェクトの纏め方、全てに以前とは変わってきた流れがあると思う。

Fixすべき所と、変えていくべき所の見極めも必要だろう。
自分のための、チームのための、プロジェクトのためのマニフェストを作ろう。
この言葉が、個人的には以前より具体的なニュアンスを持って言える様になって来たと思う。

時代を読まずには書けない。
人を見れなければ書けない。
問題を把握しなければ書けない。
自分なりのポリシーが無ければ書けない。

全て、普段やっている「事」と繋がる。

人はどうであれ、自分を変えていく、確実に進化していくための自分マニフェストを作る。
自分の見方の検証にも成る。

そう言えば、最近マニフェストという言葉もあまり聞かなくなったなあ。
風化される言葉かもしれない。

個人的にはすんなりと入ってくる言葉だ。色んなニュアンスを持った言葉として受け入れられる。
世の中の変化に対して、新しい理解、新しい攻め方を踏まえた立ち向かう勇気をどう表現するか。
正に My boom、My word だ。

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2008年10月25日

入り込む

寝る前にテレビ朝日の「朝まで生テレビ」を見ている。
今、リアルタイムで一番ホットな世界金融危機がテーマなのでつい引き込まれて見ている。

司会者も老練だし、裏方もカンペやイヤホンから軌道修正の指示を出していると思うが、時として話が予測できない方向へ行ってしまう。

日本のこの分野を代表する論客が出ているので個々の発言は素晴らしいが、建設的な結論を必ずしも見出せていない。個人の論理展開と集団知の論理構築は違うと言う事を気付かされる。

野次馬の立場で、見ていると
・定義しない言葉を勝手な解釈で使うので、聞いている人には不明。議論がかみ合わない。
・立場(政党、思想、派閥、etc)がバイアスをかけて、真実の議論にならない。
・分かってないことを分かった顔で語る人が居る。自分の得意技をわきまえない。
・抽象論に終始し、何を言っているか分からない。質問しても雲を掴むような話に成る。
・脱線したら行きっぱなしで、リターンしない。何の話をしているの?

・主張したいのは分かるが、まず人の話をちゃんと聞けよ。
・自分に与えられた時間配分をわきまえよ。15秒で回答すべき話を2分も3分もしゃべる感性は何?
・質問されたことに答えてくれよ〜。
・テーマに対して発散したら、収束させる感性も必要だよ。

etc,etc見ていてイライラする。

と勝手なことを書き綴ったが、今回の議論は出席者のバランスが今まで見た中ではかなり良い方だ。党派を超えた結束が必要だと言う田原さんの思いも強く、見ていて感じる。

時間と共にそれなりの集約方向に近づいて来た。
何人かの興味を覚えた出演者の著書などを後でチェックしなきゃ。

個人的に気付かされたのは、その問題に入り込んでないと自分の問題意識、議論にならないということ。
真実の問題把握、意識がないと、あらゆる角度からの検討に付いていけない。真剣な意見の出しようが無い。迫力も出ない。
冷静な状況把握、軌道修正し、意味のある結論に導く勇気も必要だと思った。

さてさて、寝るとしようか。明日の予定、時間割も少し見直さないとな^^。

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2008年10月 4日

悟りと納得

母の永眠の前後、不安や悩みを打ち消すために、色んな本を買い求め、一気に「超多読」した。
医学書、哲学書、仏教書、スピリチュアルもの、歴史書、etc。
不思議と全てのテーマ、結論が繋がり、一体となった世界観が生まれた。

人は何のために生まれ、何を得るために生きるのか。
人は死んだらどうなるのか。

今更の哲学的命題か^^;

しかし、母の死を目の前にして、思いつめての「超多読」である。
一気に読んだことにより、大局的死生観、人生観を多少なりとも得たような気がする。

一言で言うと、人は経験を積むために生まれてきた。
嬉しい事も、悲しい事も、苦しい事も、全て自分で経験することで自分の「感動」とするために。
机上の空論にしない。
自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の体で感じ、痛み、 etc。
生きている間の全ての経験を、全ての感動を自分のものにする。そのことに意味がある。

いつ、お迎えが来ても、天寿として全うしたと、納得する。

来世があろうが無かろうが、輪廻転生があろうが無かろうが、この人生を精一杯生き切る。
それが必ず次に繋がっていく。この納得。

何を得るためか。
知ることと、愛すること、である。そのために一生懸命に生きる。

この一週間、お会いした人の慰めや激励が身に沁みた。
感性もパワーアップしたのかもしれない。色んな「有り難味」を強く感じる。

この静かな境地は、母の死が与えてくれたものである。大事にしたい。

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2008年9月28日

辞め方

ここ数日、各方面で色んな方が辞任、引退(表明)をされた。
(福田首相、大田農水相、小泉元首相、中山国交相(たった今^^;)、王監督、清原選手、朝原選手、etc)
短期間に、あれよあれよと言う間に、思い付くだけでもこれだけの人が辞められた。

王さんから後ろのスポーツ選手の場合は、辞め際が明確で、見ている側も納得ずくで、惜しまれて(ある意味祝福して)迎え入れたと思う。

ところが、最近の政治やビジネスの世界では、「身勝手」と思える辞め方が多いと思うのは自分だけだろうか?
無責任な放棄としか言えない辞め方が目立つ。

昔の政治家は「引き際の美」を大事にし、周囲も理解し、尊重したものだ。
最近は何かおかしい。
福田さんの時も思ったが、今回の中山さんの時は、あきれ返った。
たった5日で辞める(ことになった)のは無責任以外の何者でもない。

色んな人にその仕事のスタイル、美学があり、その志と意志によって Xday を決めるのは理解するが、自らの辞める基準や的確な方針に基づいているのか。

志無きまま、引き受けて、予期せぬ問題が発生すると、命がけの努力もしないで、嫌に成ったら辞めますと言っている様に見える。

納得いく引き際のために、自らの辞める基準を決めておく必要がある。
自らの基準、的確な方針を決めておくべきだな。

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2008年6月25日

考究を深める

定時後に久しぶりに虎ノ門の、あるワークショップに行って来た。

樋口裕一(小論文の神様)VS久恒啓一(図解の教祖)バトルセミナー?である。

樋口さんは作家。多摩大学教授。250万部のベストセラーになった『頭がいい人、悪い人の話し方』(PHP新書)、『ホンモノの文章力』『ホンモノの思考力』などの著書がある。

一方、久恒さんは以前にこのBlogでも紹介したことがあるが、(共通の友人の居る、私の大学の先輩で^^;)知研理事長、多摩大学教授。つい最近まで、宮城大学の教授であったが、この春に多摩大に移籍している。図解の創始者として著名。
ベストセラーになった「図解の技術」「図で考える人は仕事ができる」など図解に関する著書は50冊以上に及ぶ。

ともに大分県中津で育った同年輩だそうである。それぞれ異なった分野であるが、発想、創造のプロセスや深部にまで考究を深め、その道の第一人者となっている。

各々、自分の考えを30分ずつ話され、その後互いの方法論の違いにつき、議論となった。

詳細は記述しないが、久しぶりに充実した会合であった。
自分の考えを纏める、表現するなどの方法論に付き第一人者のお二人のプロとしての自負が火花を散らし、参考になる事はもちろん、考えさせられることも多かった。

このバトルの展開は、内容が濃かったので、別途pptに纏めたい。それこそ図解するぞ!^^。

セミナ終了後、お二人にはご挨拶の時間を頂き、記念に各々の著書にサインをしてもらった。
ラッキー^^。

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2007年9月13日

7:3

  「先が読めるのは7割
               残り3割に働き甲斐がある。」
                   住友信託銀行会長   高橋 温

プロジェクトは、「残り3割」の扱いにて、揉めに揉めている。
この局面の動き方で悩んでいた時に、ある雑誌で、目に付いた言葉である。
ある程度、未知の物として、自分でリスクコントロールしながらも、未知の世界にチャレンジしていくしかない。その精神が生きがいに繋がっていく。

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2007年8月25日

開く

全部、人の所為か?
誰かの所為で今の自分が在るわけではあるまい。
人の所為にしても、何の進歩もない。何も生まれない。

心を開かないと、社会と無縁になる。
自らの進歩も止まる。
一人でやれる事には限度がある。
他と心を合わせる。力を貸してもらう。

心を開き、関係性を結ぶことにより社会と縁を結び、自らも正のスパイラルを築く。
自らの進歩を進める。
プロジェクトにも一人の力の限界を超えたパワーを得る。

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2007年6月24日

行動の重要性

えらそうな事を色々と言っていても、世の中の動きは理屈通りには行かない。
実際の反応は理屈とは違うことに何度も気づかされる。

行動の重要性を体得しないといけない。理屈だけではダメで、行動すると分かる事が多い。
やってみて初めて気づくこともある。

自らの経験を通した教訓が宝だ。

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2007年6月17日

久しぶりの勉強

以前、虎ノ門でお世話になっていたKさんが名古屋で講演を行うと言うので、土曜日の夕方から仕事を一段落させて、講演を聴きに行って来た。

Kさんの講演はもちろんのこと、彼の生き様は充分参考になる。

参考までに、本日のレジュメ。

・人生とはコミュニケーションとマネジメントである。
・短期目標 X ベクトル だけを定める。
・20代からの仕掛け作り。
・自分のドメイン戦略。
・マネジメント(時間は良い子で付いてくる)
・コミュニケーション(xx流信頼を買う方法)
  小さな約束ほど守れ。究極は時間の約束になる。立派な(忙しい)人物ほど定刻に現れる。
・インフォメーション(情報投資型の人生)

ワーク・ライフ・インテグレーション発想を行動につなげる時間術。

kさんの自分の人生を大事にする強い生き方に共鳴し、参考になった講演である。

個人的な問題とシンクロする問題、テーマも多かった。
自分もがんばらねば。時間の無駄使いも出来ないな。

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2007年6月 7日

何をしたいのか

月次の工程会議に出て、色んな人間像に出会い、面白さと、失望と、そして感動を得た。

人の目を気にしていては自分の本意は語れない。
会議の場で、思いを何故伝えられないのか。

この人はどういう人か、何をしたい人か、やり遂げたい人か、人を組織できる人か。
自分は、この場で何を学び、何を成し遂げるのか。

限られた時間の中で、何を演じられるのか。
躊躇している暇は無い。

思い切った行動が局面を打開し、混迷した人たちを救い、次のフェーズへと導く。
もっと考えねばならない。

今日は、反省することが多い。

THINK、THINK、THINK!

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2007年2月 4日

KOBE発のメッセージ

たまたまつけたNHK教育TVのETV特集「KOBE 巨大災害の時代を生きる」を見た。

神戸の震災から復興した神戸の人たちの苦しい戦い、辛い思いから生み出した成果が世界中で受け入れられている。

番組ではUSのニューオリンズの復興の苦戦振りが紹介され、市民の気持ちが纏められない悩みを持つ市長やマスコミの人たちが神戸に勉強に来る。

神戸の復興はボトムアップで自主的に運営が行われている。
「自己治癒力」
結局、いつまでも落ち込んでいても何も生まれない。自分達で何かを発見して、癒していく、未来を切り開いていくしかない。
様々な工夫、成果が紹介される。

Nオリンズの市長も「こういうのが遣りたかったんだ」と呟く。

神戸が得た教訓が神戸の「人と未来防災センター」:
http://www.dri.ne.jp/に掲げてある。
 1.自然の厳しさ
 2.人間の愚かさ
 3.哀しみ
 4.支えあう心
この4つの分野の教訓と展示品が置いてあり、世界にメッセージを発信している。

トップダウンではなく、皆で支えあってやることで前向きになり、自立する。

「絆(きずな)」が神戸発世界語になりつつある。

組織作り、チームメイキングに重要な参考になることが多かった。
この2〜3日、悩んでいたことにもヒントがあった。

人間の心を大事にしない仕事は結局長続きしない。人を駒と考える組織は脆い。

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2006年11月18日

雑感

ある雑誌で目に付いた言葉。

「多少のリスクはあっても、やってみたい事にチャレンジしたら、失敗しても必ず得ることがある。
 しかし、やってみもしないのは、やれば得られたかもしれない計り知れない可能性を失うだけだ。」

私好みの言葉だ。

だが、人生のライフサイクルの節目(年代)によって,上の言葉に対する感じ方、反応は異なって来る。
未来に対する可能性を 「未来角」 という角度で表したとする。
20代前半までの時期は、未来角360度の広がりを持った可能性がある。

年と共に狭まっていき、50代になると45〜90度くらいかな。
体力や、余計な理性などの制約でやりたくとも出来ないことが年と共に増えてくる。

一方で,agingは豊かな財産を己の中に沢山蓄積してくれている。
心がときめくテーマは年と共に広く、深く、山のように増えた。

情報の集め方、チャネルの作り方は、従来に比べ比較のしようが無いくらい便利になった。
サイバー空間を活用すれば,昔の人の数倍の効率で可能性が開けるとも思う。
人生50年と言っていた時代に比べたら、現代人は体力も気力も、余命も充分ある。

上記の角度は、考えようによっては如何様にも補えるし、多次元にも出来ると思う。
その意味において,今後の生き方の選択とフォーカスを考えると新たな課題、夢も出てくる。

これまでの自分の人生を振り返ってみたら、本当にやりたいことをやって来たのだろうかと、疑問に思うことも多い。
然らば,今後の自分の理想とするセカンドライフとはどういうものなのか?

適度な自然に囲まれ、自分のやりたい創作活動とそれらをサポートできる環境と、気の許せる仲間と...。

自分が本当に没頭できるテーマの追求と、大事にしたい人々との交流の時間の確保などを考えたら、のんびりとしている時間も無いな。

今からの時間の使い方を考えさせてくれる。

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2006年11月11日

命の教育

先月末の日経新聞に日野原重明医師のコラムがあり,機内で目に留まった。

氏は,小学生に対する「命の教育」をずっと続けているそうだ。簡単に紹介すると,

・命とは自分で使える時間のことだ。
・人の命(=時間)を無視するようなやり方,時間の使い方は間違っている。
・仮に何かで失敗して人に迷惑を掛けたら,自分のためではなく,償いのために時間を使うという考え方
 (つまり,長生きをして償いのために充てる時間を別に作る)で取り戻すことが出来る。
・命を大事にして欲しい。自分の時間,人の時間を大事にして欲しい。
・氏も,使命を感じる仕事がまだたくさんあると感じ,その使命を果たすまでなかなか死ねないと言う。
・これは氏の長寿の源にもなっている。

最近のいじめや,小さな子供の自殺に対する氏のメッセージでもあると感じる。

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2006年10月19日

自己中心の目線

色んなプロジェクトを経験すると、ステークホルダーとの議論や交渉には、様々なスタンスがあることに気が付く。
色んな「立場」があることに気が付く。

ある方向からだけ見ていると,常に「格好良く」,「お利口さん」なやり方をやり続ける人に見えても、
別の角度から見ると、いつもいつも無理難題を押し付けて、相手(パートナー)を泣かせているということは多々ある。

自分と、相手の距離、包む空間の大きさをどれだけ広げられるか。どれだけ大局的な立場に立てるか、
相手の目線にまで立って考えられるか。
言うは易く,行なうは難しであるが。

結局,無理して局所戦に勝っても、長続きはせず,良い結果は得られないことになる。

一枚岩のチームは,その辺りのケアが行き届いている。

自らのプロジェクトはスムーズに進んだとしても、相手が不本意な状況に陥っても気にしない様なやり方で、長続きがするはずが無い。

相手の立場で、自らの結論を振り返れば良いのだが。

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2006年9月 6日

practiceしているか!

座禅と言う悟りのメソッドがある。
しかし、この表現には誤解を生むところがある。
座禅を手段、悟りを目的と考えたら間違いだと言う。
つまり、座禅と悟りは一体であり、同時に起こるものだということだ。

永平寺には750年に渡り、修行僧を育てている歴史と伝統(とノウハウ)がある。

以下は、ある人から貰った永平寺の素晴らしいメッセージが載ったポスターの言葉である。

            修せざれば現れず
       「知る」ということと
       「わかる」ということはちがうのです
       知ってはいても
       実行されなければわかったことにはなりません
       薬の効能書を読んだだけでは
       病気は治りません
       禅も実行してはじめてわかることなのです

考えてみれば、体で覚えるしかない、やってみないと分からない事は沢山ある。
自転車の乗り方や、泳ぎ方etc、いくら本を読んで分かったつもりでも「やれる」ことにはならない。

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2006年8月30日

生活習慣化

充分な検討時間を与えられた、ある課題を、決められた期日のうちに完結させたいと思っても、人間は意志が弱いもので、いつも締め切りのぎりぎりまで放っておいて、最後の数日間で無理やり仕上げるというパターンが色んな人に共通して見られる。

しかし、これでは、よい成果も望めないし、推敲やレビューする時間すらとれなくなる。

なぜ、先延ばしするのだろう。
・気が乗らない、鬱陶しい、そのうちやろう
・やらされている事は自主的にやれない、やりたくない
・気が散る要因が多すぎる(TV、TEL、mailチェック、他の案件、家族・友人のディスターブetc)
・未だ時間がある(明日がある)という甘え
・長続きしない、ムラがある

どうしたら、これらを断ち切れるのか
・とにかく、即、手をつける。いやでも始めると徐々にノッテくる
・毎日決まった時間をその仕事に充て、継続する
・進捗を管理する、成果が見えるようにする
・自主的にやれるような「楽しみ」を見つける、生み出す
・外乱要因を断つ(TVは切る、mailは作業が終わるまで見ない、邪魔の入らない時間帯(早朝、深夜)にセットする)
・アイデアを増長するようなメソッドを使う
・節目を設け、成果が出ていたら自分に褒美をあげる、それを励みにまた次のステップへ
・うまい気分転換法を考えメリハリの利いた時間の使いかたをする

たいていの事は、やりだしたらだんだん面白くなり、どんどん良いアイデアが浮かんで来て相乗効果を生む。最初の導入部をいかにうまくルーチン化させるかで、大半が決まってしまうようなところがある。

また良い成果を生んだルーチンは、ドラッカーが言っているように生活習慣にしてしまうといつの間にか定着し、苦痛でなくなってくる。数年後には違う自分に脱皮できているかもしれない。

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2006年8月28日

チームのバロメータ

色んなチームをチームの内外から見てきたが、良いチームのバロメータは、

1.笑顔(が多い)
2.挨拶(をきちんとする)
3.ルール(特に時間)を守る

の3点だと思う。

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第3者の指摘

Blogは日記的な性格もあるし、徒然なるままに、自由気ままにエントリーをしてはいるが、時にどういう制限を設け、どこまで書くのかを悩む局面もあり、これが結構難しい。

ある出来事の「たこつぼ」に入り込んでいると、時に自分を忘れ、感情的になってしまったり、個人攻撃のような発言になったりすることがある。(勿論、個人名は出さないが)。

これはこれで、自分のパーツであり、後で読むと参考になったり、反省の材料にすれば良いと楽観していたが、最近、有難いことに、老婆心ながらと、忠告してくれる人が若干、現れた。

どうしたんですか、最近疲れてませんか?、OOさんらしくないぞ!、etc

そう言えば、この数ヶ月、あるプロジェクトでの最後の追い込みで気が立っていた事もあるが、深夜、気が収まらず思わず書いたグチも多くなっていたかな。(実は、一日で取り消したエントリーも幾つかある^^;)

このようなローカルな細々としたBlogでも真面目に読んでくれている人もいる。意外な人から(Blogへのコメントではなく)感想のmailが来たりすることもある。

いずれにせよ、自分という人間を客観的に見るために始めたBlogであるが、読者という、客観的な立場の人に、自分の気付かなかった事をご指摘頂いたり、感想を貰ったりするのは、物凄く効果的な自己フィードバックになるという気がしている。

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2006年8月27日

分かり易さは大事

子供が某運送業者でアルバイトをしている。
どうせ遊びのための小遣い銭稼ぎだろうと、遠くから見ていたが、日々の会話や、(主に母親に対する)経過報告を聞いていると結構社会勉強になっているようだ。

元々、体育会系の育ちをしたので、体育会系の規律(先輩後輩の諸ルールetc)は体で分かっているようだが、仕事のルール(段取り、コミュニケーション、人間関係etc)など、初めての経験に戸惑いながら色々と学んでいるのが見える。

ひやひやする事も多々あるし、自身も落ち込むようなヘマもかなりしでかしているようだが、若いので吸収することの方が多いようだ。

自分で考えて欲しいので、余り介入はしたくないが、ポイントだと思う時には、幾つかのヒントになる事や参考になる本、アドバイスなどを少し与えるように心がけている。

それとなく、与えたテーマに対する取り組み実績(興味を持ったか、読んだか、行動に移しているかetc)を見ていると、こちらの思うようにならないが、逆にハッとするような、こちらが勉強になる反応もある。

最近気付いた大きなポイントは、
    「分かり易さは大事」、「真理は単純」
という事である。

頭でっかちな理屈や、高尚な理論や、人の受け売りを押し付けても身に付けてくれない。
単純で、当たり前のことの方が実は重要で、それを確実に吸収することが大事だと実感している。
鉄は熱いうちに叩けという諺もある。

社会人としての生き方、リテラシーを一つづつ、確実に身につけて欲しい。

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2006年7月17日

論理より情緒

久しぶりに明日休めると言う気安さから、夜遅くまで、だらだらとTVを見ながら、本を読みながら、mailをチェックしていた。

さて、寝ようと言う頃、NHK教育TVで、藤原正彦さんのインタビューがあった。

この方、随分前に、幾つか本を読んだことがあるが、
数学者で、新田次郎の息子で、英国、米国で学び、日本人の生き方や日本語に対する思いを縷々述べていたのを思い出した。
最近も、国家を論じていたのは知っていたが、..。

これからは、論理より情緒だと言う。
日本人は昔からそれを知っていた、法で縛らなくとも、自立していた大人の民族である(あった?)

新渡戸の惻隠の情などは、武士道の中核をなす考えであり、(昔の)日本人には広く行き渡っていた「常識」であった。

論理で人を縛ったり、言う事を聞かせようと言うのは、未成熟社会のやり方であり、
高い文化、情緒を介した、思いやりのある大人の成熟社会を日本ははるか昔から実現していたのではないか。

北風と、太陽と、旅人の話で、
旅人のコートを無理やり脱がせようとするするのが西洋的な論理の世界(=北風)であり、結果的に旅人の心を閉ざしてしまう。
無理な押し付けをせず、回りから暖かく見守るやり方、大人のアプローチの世界、情緒の世界(=太陽)は結果的に旅人の心を溶かし、コートを脱がす。

共感する話が多かった。話し振りも淡々としていて、薀蓄も広く、深く、聞いていて楽しかった。

日本人は自らの文化の完成度に気付くべきだ。
さらに、この日本人の美的感受性は次の時代の重要なfactorになるという、確信に近いものがある。

最近のリーダ(日本だけでなく世界中の)には同じ方向を向いた一つの見解があり、この話とも通じるものがあると思う。

他に印象的だった話。

・英国のgentleman精神と日本の武士道は、ほとんど同じだ。元は共に騎士道である。
・日本人の美的感受性は、文学にも数学にも共通する美点である。
・母国語は表現だけでなく、思考そのものである。語彙は情緒に繋がっていく。
・秋からは、父(新田次郎)の絶筆となった文学作品(「孤愁」?)を親子二代で引き継いで完成させたい。世界でも珍しい親子での共著になる。

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2006年7月 8日

教養とは2

NHK教育TVのETV特集で、爆笑問題と,東大教授の小林康夫が「現代の教養とは何か」というテーマでトークバトルを繰り広げた。
東大の新入生歓迎シンポジュームに爆笑問題が参加し、挑発的な問題提起をする。

ある意味で、「教養」のプロである小林に爆笑問題(殆んどの発言が大田であった)が太刀打ちできるはずもなく、殆んどの会話が大田の独り善がり的な挑発発言に終始した感もしたが、幾つか面白いやり取りもあった。
また、バトルの会話の「ずれ」そのものが狙いでもあり、全く違う分野の問題意識や目指すもののギャップが、徐々にそのギャップの大きさを軌道修正し、歩み寄っていくプロセスそのものが、面白かったのかもしれない。

やはり、激烈を極めるお笑いの世界で生きているだけに、「表現する」という事、「捕まえる」という事に関しては、大田@爆笑問題が、鋭いコメント、突っ込みをしていた。
しかし、大田の口から、西田幾多郎や柳宗悦などの名前が出てくるとは、意外であった。(結構、勉強しているぞ、こいつ)

トークバトルの結論とでも言うべき「教養」とは、

 ・自分の居場所を知ること。ここに立って生きていく力。
 ・引きもどす力(軌道修正する力)
 ・疑うこと。問い続けること。
 ・生きるための道具。
 ・一生の格闘である。
 ・感性を呼び覚ます力。
 ・捕まえる力。(こちら側の感性の問題)

番組の中で、幾つか参考になった面白いコメント。

 ・教養は英語ではculture、語源はcultivate(耕す)である。
 ・時代に向き合って生きる事、自分なりに批判的にやること。
 ・ダ・ビンチは13000枚もの設計メモ(人、物のデッサン、図面、アイデアetc)を残している。このベースにあるものは世界の神秘を解明したいと言う情念である。
 ・人が人であるために、人間を再定義する。
 ・「感動」は何かを生む。学者のエネルギーの素は感動である。感動こそ学びの核である。
 ・人間は本当に優秀な生物なのかという発想。人間の遺伝子はイモリの1/40しか無い!
 ・受けない時、つまらない落語家は、客のレベルを問題にし、楽屋で愚痴を言う。
  良い落語家は自分の表現力の問題だと反省し、更に精進する。

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2006年5月23日

勘を鍛える

問題解決を考える際に、参考にする情報量は大いに越した事は無いが、肝心の考える時間を潰してまで、集めるとなると、これは本末転倒と言わざるを得ない。
限られた時間内で何をすべきか、どのリソースとどのリソースのトレードオフを考えないといけないのか、どれの優先度を高く設定しないといけないのか、当然、考えないといけない。

効率的にリソースを使う為には、仮説を立て、これ(この条件)を決め打ちしたら、「何が捨てられるか、何を考えないで済むか」のように、選択と集中ができる。

情報量が多くなると、逆に(余計な)悩みや心配、恐れなども出てきて、決断できなくなる。

問題の原因と解決策について、あらゆる可能性を考えるより先に、焦点を絞って仮説を立てる。こうした考え方はまさに、経験に裏付けされた直観力、勘に支えられているものだ。

結果的に間違ってしまった仮説でも、次から新たな視点で、違う要素を加えて立て直せば、必ず進化していく。これを繰り返すことで勘を鍛えるトレーニングになる。

すべては経験であり、現場で体験を積み重ねれば、短時間で質の高い仕事ができるようになる。
仮説思考能力の高い人は、必ず現場でfactを見ている。常に、あらゆる可能性の仮説を立て、検証し、勘を鍛えている。従って、次の仮説の精度も更に向上する。

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2006年4月20日

relationship management

この数年、移動する度に名刺ホルダーを新しくしていたが、今日あるきっかけで、数年前にお付き合いしていた人の名刺を探す事になり、古いホルダーを幾つか取り出した。

眺めていると、色んな思いが交錯する。

・定期的にコンタクトが続いている人
・定期的にコンタクトが続いていたが、途絶えた人
・全くコンタクトが無い人
・細い糸のようなつながりの人
・細い糸がいつの間にか太いつながりになった人
・努力して太くした人
etcetc

自分のこれまでの歴史、生き様が窺えるし、大事にしてきたことも分かる。
自分をめぐる人々と多彩な関係を結びながら生活をして来たのだと思い当たる。

仕事や問題の解決ををめぐって関連した人達との関係構築の繰り返しといった面がある。
人間は様々な「関係の糸」に張り巡らされた存在なのである。
この関係の糸はしばらく放っておくとだんだん細くなってしまうし、こちらから積極的に連絡を取ればとるほどしだいに太くなっていく。そして、この糸は命を持つかのように、常時変化している。

今日の仕事で新しく名刺ホルダーに入った Tさん という方と、新しい「ご縁」の糸が張られた。
これからどうなって行くか。
暫くは、毎日の関係構築(努力)があり、太い糸になるだろう。
その後は?
永続的な関係構築になれるかな?

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2006年4月12日

どう生きるか

昨日、久しぶりにお世話になった師匠とお会いし、飲みながら意見交換をさせてもらった。

歳を重ねるごとに、大事にする事は変化していく。
昨今の拝金主義や、即効を狙った短絡指向には、お互い批判的であった。

昔の人は、良い意味で、失敗を重ねた事から謙虚に、多くを学び、次に繋いでいった。
規範を大事にし、お金よりも大事なものを分かっていた。
昔の親父たちは、学は無くとも、体を張って、その大事な事を子供たちに分からせていた。
今よりも、熟成した大人であったように思う。

我々は何を生き急いでいるのだろう。
やりたい事はやったのか?見つかったのか?

長生きして、面白おかしく過ごせれば良いのか。

長く生きることに意味があるのではなく、どう生きるのかに意味があるのだと思う。

そんな事を考えさせられた。
大事な師匠である。

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2006年3月 4日

事業の理念

昨年から、「規範」のない事業経営とでも言うべき事件が相次いでいる。
拝金主義が織り成す飽くなき欲望の追求や、技術者の「良心」を売ったとでも言うべき構造計算疑惑、整備不良、過去に例の無い大型事故etcetc。

日本の繁栄を築いた基とでも言える「良心」、技術者魂は薄れてしまったのだろうか?

昔 (と言っても、20〜30年前(ついこの前^^;)まで) の経営者は四書五経や仏教を理解し、自らにきちんとした「規範」を持っていたように思う。

その規範に立脚して、仕事にも、自らにも、常に厳しいものを課し、鍛錬していた。

渋沢栄一の父親は農民であるが、きちんと四書五経を理解し、幼少の栄一に対し、論語などに基づいた指導をしている。
渋沢の父は、特別な人だったのかもしれないが、私の親の田舎などに行っても、同じような立派な理念を持った年寄りの農民は沢山いる。
記念碑などの挨拶文も地元の普通の人たちが書いているが、中々立派な事が書いてあり、そこにも論語などの教養が滲み出していたのを思い出す。

つまり、日本の都会だけでなく、田舎も含めた日本中、津々浦々まで、教養が行き渡り、厳しい自己規範に基づいたミニ君子とでも言うべき人たちが当たり前にいたことになる。

そういう人たちが規範に則った、真面目な努力で、世界に例の無い繁栄と、プロの仕事を沢山残してきたのではないか。

何がこの国に欠けてきたのか?
どうすれば、良くなっていくのか?
新しいフレームはどんなものなのか?

そんな事を考えていた中、
昨日、ある新規ビジネスの構想のレビューでK社のTさんという方とご縁ができた。

この方の事業理念の底辺には、地域や国家や地球規模での視点の暖かさやfairnessがある。
弱者に対する暖かい眼差しがある。

話をしていて、人を惹きつける力がある。
淡々とした話の中に、真剣にやってきた自信と積み重ねてきた実績の裏付けがある。
久しぶりの楽しい話に、のめり込んだ。

短絡的に言うつもりは無いが、事業を考える際には、大局的な見方から、誰に対しても恥じる事の無い、誰かのために貢献しているような事業の理念がしっかりしている必要があると思う。

そうすることにより、人が集い、手弁当ででも、力を発揮してくれるようなエネルギー集団ができるような気がする。

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2006年3月 2日

鏡を見よ

鏡を見よ。 
 
鏡とは、

(1)外見 (身を正す)
(2)自分が発信した情報に対する相手の反応 

を映すもの。

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2006年2月25日

原典にあたる

最近の政治の世界で、自民党と民主党の揉め事を見るにつけ、

      原典にあたること、自分で情報ソースを確認すること

と言う、当たり前だが、疎かにしがちな事を、再度、反省し、基本動作として守らねばならないと感じる。

大事な案件や、外部で活用するような事は、新聞などの情報でも鵜呑みにしないで、必ず情報ソースを確認すべきだろう。
さらに、自分だけの知識や情報源だけで判断せず、必ず専門家の意見を求める事も必要だ。
その人から更に深い情報ソースや人的ネットワークが広がるかもしれない。

鵜呑みにしてしまったばかりに、後で指摘されて、取り返しのつかないことになる事は、この情報社会では、今後、益々増えていく事になると思う。

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2006年2月 7日

ターニングポイント

ある営業マンAさんとの会話

Aさんは、某飲み屋で支払い時に、いやな事があり、店と、もめた。
支払った後、Aさんはもう2度とこの店には来ないと、宣言して店を出た。

店の対応1:【フン、客なんか山のようにいるよ。一人くらい来なくてもどうって事ないさ。】
店の対応2:【客を怒らせたのは自分たちが悪い。今度来たら、サービスをさせてもらいます。】
店の対応3:【客を怒らせたのは自分たちが悪い。明日にでも早速、丁重にお詫びに行こう。】

その他にも、色々とバリエーションはあるだろうが、この店の将来はこの対応により、大きく変わってくる。
実際、この店は、対応3を選択した。
二度と行かないとまで言ったAさんだが、菓子折りを持ってお詫びに来たこの店の対応により、逆に恐縮して、自分の方こそ悪かったと言い、それ以降、飲み事と言えばこの店を使うようになった。

Aさんは、優秀且つ人付き合いの多い営業マンであったため、その後この店にとってかけがえの無い超優良顧客となった。

ウソのような本当の話である。

我々にとって、この様な選択のターニングポイントは、日々の生活に山のようにある。

煙が上がった時には、誰でも、困るし、対応に迷う。しかし、トラブルは返って、懐に飛ぶ込むチャンスでもあり、仲良くなる良いチャンスである。お詫びの仕方は難しいが、逆転を呼ぶ事にもなる。

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2006年2月 1日

心のやりとり

財界九州に載っていた、岩手大学の 鈴木真理子助教授の説によると、
人間は一日に8〜10人以上と話すなどしてコミュニケーションを取らないと元気が出ない存在であると言う。

人間はコミュニケーションと言う心のやり取り、エネルギーのやり取りを通して力を貰う。
話すと言う事は人間にとって最も根源的な大切な事である。

ビジネスシーンにおける上司vs部下、中間同士、お客と、パートナ社と etc。
だけでなく、
夫婦間、親子間、兄弟間、友人と、...。そして年老いた親と。
会話が足りているか!
心のやりとりができているか!
心の叫びに気が付いているか...。

携帯の普及も、ストレスの溜まった寂しい人々が増えてきたと言う事かな。

そういう意味では家人の電話代に対し、あまりやかましい事も言えないかなあ^^;。

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2006年1月21日

真のリーディングとは

品川で飲みながら、二人の部長と会話した。

色んなベンダを取りまとめているプライムとしての責任感とは何か?

ある喩え:
 プロジェクトメンバー全員が、どっちを向いても不透明な硝子の部屋に閉じ込められたとする。見たところ、どこにも扉はおろか、窓すら見当たらない。一緒に部屋の中にいるパートナーやベンダは、文句は言えども脱出の為のアイデアは出さない。刻々と時間は経ち、何とか打開しないと、酸欠状態になってきた。
そんな時、

 ・向こうに何があるか見えない、厚みすら分らないガラスを、怖がっている皆の前で、率先して叩き割れるか(go for a breake)。これが責任感であり、率先して打開するリーディングである。
 その時、こわごわ叩いていたら、中途半端で、返って怪我をする。腹を決めたら思い切ってやる。皆もそれを見ている。
 ・更に、その後の展開でも、皆が逃げ去った時、最後まで残って頑張れるか。

プライムとは(親会社の社員とは)、皆がしり込みしていても、率先して打開する立場である。
人間は土壇場で試される。

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2006年1月20日

知的な喜び

それまで、もやもやしていて分らなかった事が、直接関係無い内容の本を読んでいて、間接的な
力を得て(?)、突然分かる事がある。

いにしえの登場人物の言葉から、極めて新しい、現代的な悩みの、大きなヒントや解答を
貰ったりする。

このような時、読書人としては、色んなご縁を感じ、心の底からの喜びを感じる。

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2006年1月 3日

元旦の新聞

元旦の新聞(朝日新聞)を見ると、今年の兆しを読むためのキーワードが沢山見つかる。
以下にコメントを含めピックアップ。

・「カワイイが世界を駆ける」(一面)とある。
 ゴールドマン・サックスが予測した2035年の3大経済大国は1位(米国)、2位(中国)、3位(インド)とあり、日本は10位に後退するそうである。
 あらゆる数字が日本は弱体化する、と言う中で、何をもって生き残るか。
 世界を日本好きにするしかない。
 「カワイイ」は日本文化の完成度を背景にポップカルチャーで受けている。欧米で、アジアで、多面的に「カワイイ」が受けている。「Japanee cool」として、文化主導の「ソフトパワー」になると予言する。
 一つの方向性か。

・ 「武士道をどう生かす」 (社説)とある。
 国内外の色んな行き詰まりに日本古来の精神を見直そうと言うのか。
 武士道で語られる「仁」とはもともと孔子の教えであり、「惻隠の情」とは孟子の言葉である。
 アジア戦略を描くには欠かせない視点である。

・分断の時代(そこにある壁)
 引き金はグローバル化。国家内に見えぬ文化差。無視から対話へ。自らを疑う事。
 相手との違いを認めながらやっていく事が一番上手くやる方法。

・少子化で変わる生活。
 新たな価値(創造)への転機と捉える。
 年金目減り、通勤緩和も。
 過去にも4度ほど人口増加と停滞の波があった。
 これまでも人口停滞期を超えて、新たな価値観や社会システムが生まれている。

・膨らむ欲望 ITが加速
 ミニバブルか、と言われる好景気感。際限なく膨れ上がる欲望(ライブドア、楽天などの動き)
 現状の日本は市場経済と言うより、投機経済? winners take all の systemか?
 日本の昔のエンジニアの世界ではあり得なかったモラル崩壊。
 お金と知恵を持ち、コンピュータを使いこなす力を持つ人だけが豊かになる時代。
 digital divideの問題。欲望の2極化。個人投資家の増大。
 公平性を高める政策の必要性。多極分散化社会。
 少し前の日本人の価値観:自分が途方も無い金持ちになるよりみんなの役に立つものを作りたい。
 :利他主義。
 個人が競争するのではなく、具体的場面で互いに支え合うモデル。スローライフ。清貧の思想。

新しい普遍価値の創生が必要。

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2005年12月30日

共感できると言う事

NHKTVで見た(聞いた)聖路加病院の 日野原重明院長 の言葉。

「医学の知識は勉強すれば誰でも得ることができるが、
          病む者の心は病気にならないと分からない。」

色んなことを考えさせられる言葉である。

このBlogでも紹介した、養老静江さんの言葉や、杉町圭蔵さんの言葉とも根は同じだ。
今年、私が仕事においてずっと言い続けてきた「部下に対するケアの必要性」とも共通する。

偶然だと思うが、皆さんが医師であるのも興味深い。

言葉だけで行動の無い仕事。相手のことを考えない手前勝手な理解。自社の利益しか考えないC/S。メンバー(人)の心を見ないチームワーク。etcetc同根である。

ここにも role playing の必要性を感じる。
相手の立場で考える事により、結局は自分の問題(弱さ、手前勝手、過不足、等)が見える。

簡単な事だができない。

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2005年12月26日

教養とは

先日、ある大先輩との酒席にて先輩の口から何度も 「教養」 という言葉が出た。

ある大会社の社長まで務めた方の言葉だけに、意味を追いかけて、帰った後も色々と考えをめぐらせた。

最近、論語を紐解いている。

理由は、その前に読んで感銘を受けた本の著者が幕末の近代化以前の「教養」(四書五経等)を身につけた人物であったため、興味を覚え、勉強しようと思ったからである。
時間がかかってもいいから、少しづつ理解を深めようと言う、遠大な計画であり、即効を狙うつもりも無かった。

そこに、先の会話である。「教養」という言葉に耳が反応した。

その本を読んで無かったら、若しくは、ある志が無かったら、気付かなかったかも知れないが、世の中の流れや物事の繋がり、ご縁、は面白い時に、面白く関係してくるものだ。

謎めいた話のようだが、新たな局面が開けそうな気がして来た。

日本古来からつづく「教養」、和漢の古典の「教養」は近いうちに再評価される日が来るとにらんでいる。

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2005年12月22日

ターニングポイントの感じ方

昨日の顧客とのあるプロジェクトの中間報告会は、ある意味で非常に有意義であった。

キーワードは 「ターニングポイント」 。

中間報告と言う意味ではもちろんターニングポイントであるが、ステークホルダーの意見(指摘、反対、提案、怒り)や場の空気(盛上がり、しらけ)、偶然のいたずら、天意などもターニングポイントとなる。

現場には大小、様々のターニングポイント(のトリガー)があり、それこそ日々、発生しており、上手く掴めばよい方向に展開可能なポイントに転化できる。
問題は物の見方、「兆し」の読み方、今がターニングポイント、と感じとれる感性やセンスの問題だ。
これにより、180度異なるアクションに繋がったり、ターニング発言に繋がる。

当然、結果は大きな舵取りに繋がる。

それにしても、O社の若い人は真面目で素晴らしい。ここの会議は、その熱い思いがプンプン薫り、いつも何かを学ばさせていただく。

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2005年12月13日

「はたらく」シーンの提供

コクヨの代表取締役社長の黒田章裕氏の講演を聞いた。
演題は 「企業の知的活動から価値を生み出す働き方とは」 であり、内容は以下。

コクヨのビジネスコンセプトは「人々の生活の中にはたらくシーンを提供する」であり、その為にworkとlifeのバランスを取り、能動的な知恵を生み出す環境に繋げる。

,劼蕕瓩(創造性):work
△呂どり(効率性):work
ここちよさ(快適性):life
以上における、workとlifeのバランスをうまく考え、社員のパフォーマンスを最大限に引き出す環境を提供するという考え。

例えば、働き方に合わせて家具を動かして空間を自由に構成できるようにするとともに、大規模オール無線LANやIP携帯電話、PCの利用とオフィスの入退出管理を1枚のパスカードで個人認証できるセキュリティ対策の導入などによって、進化した「ノンテリトリアル・オフィス」を具現化する等。
また、ワークスタイルを細分化(思考型の行動、討議型の行動、提案型の行動など)して、様々なコミュニケーションのシーンを創造できるように、オフィスの各所に様々な機能を集約配置し、コミュニケーションの質を高める。
個人が保有するナレッジ(知識、知恵)を持ち寄ってプロセスを可視化し、新しいアイデアを生み出すことを狙いとして、コラボレーションスペース「FLAT(ふらっと)」を設置するなど。

ワークプレイスもコンセプトを持って進化している。

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2005年12月 4日

距離をおいて考える

ある問題を考える時に当事者では気付かない視点や、感情によるフィルターなどで限界がでることがある。
一方で、自分のプロジェクトでは気付かないが、人のプロジェクトでは問題点が良く見えるケースもよくある話だ。岡目八目か。

直近でも同じ事を感じる事があった。
当事者ではどうしても冷静に判断できかねる事情や、ステークホルダーとの軋轢などがある。
人の言う事に耳を傾けろといっても無理な事がある訳だ。

以前に、野中先生から聞いた話を思い出す。
欧州のR社という薬品会社は、他国の情報収集だけでなく、自社の戦略を(他国の視点で)客観的に見るために優秀な社員を周辺国に置いたという。

日本にはこういう視点が欠けてるな。
自分を客観的に見る、自分のプロジェクトの問題を新鮮な視点で見る、煮詰まった関係を違う切り口で打開する。

そのために「距離をおいて考える」という視点は重要だ。

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2005年11月28日

教育とは

毎日、正しいことを繰り返しやれば、人間は甦る。
人間は誰でも必ず育つ能力を持っている。
教育で人は育つ。
                   (廣岡達郎) 「プレジデント名言録」より

では、正しいとは?
教育とは?
難しいが、考えないといけない。

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2005年10月 4日

「納得」の料金

左上顎の奥歯から3本目くらいの歯が時々痛んだり、体調が悪かったりすると腫れたりしていた。
過去の歯医者の治療では腫れを引く為の対処療法に終始し、そろそろ抜かないと骨に影響しますよと言われて悩んでいた。

今回また腫れたので(職場のプロジェクトルームも変わったので)新しい歯医者に行った。

ここで、今までの歯医者とは全く違う対応に少し驚いた。

治療方針が明確であり、説明が理路整然としており、こちらの心の中まで見透かされたような回答が来る。
前の医者は次回来院時に抜くと決めていたが、今回の医者は、治療の可能性、限界を私の納得いく形で説明し、抜かないで、「根をあたる」治療にチャレンジしようと言う。

今日、第一回目の根をあたる治療をしてもらったが、直感的に正しい対処をしてもらっていると感じ、更にこの方向で治療を続けると治るのではないかとさえ思い始めた。

ついさっきまでは、この歯を抜くのは仕方ないかな、でも鬱陶しいな、後はインプラントかな、金がかかりそうだな、歳を取るもんじゃないな・・・etcと色々と後ろ向きに考えていたのがウソみたいだ。

長い間、放置した歯だから、チャレンジの結果駄目でも仕方ない。
チャレンジしてくれ、懇切丁寧に説明してくれた医師に感謝したい。

これだけの納得と安心を買って1760円也。

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2005年9月13日

S.Jobsの祝賀講演

6月12日、スティーブ・ジョブス氏はスタンフォード大学の卒業式で祝賀スピーチをした。
翌々日、trudyscousin(匿名)はIT情報サイトslashdot.orgにテープ起こしをした全文を掲載した。この文章は、大反響を呼びブログや電子メールで世界中に転送されたと言う。恥ずかしながら知らなかったが^^;

日本では、市村佐登美さんが翻訳し、とむさとう氏が7月20日にメルマガで配信した。という。
氏のblogで全文が見れる。

とむさとう氏のblog 

ジョブスの知らなかった一面が見れる。見てない方は、是非、ご覧あれ。

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2005年9月11日

何故走り続けるのか

ある方に、雑談の中で次のようなことを言われた。

「そんなにいつもいつもネタを仕込んで走り続けていると疲れるでしょ」

しかし、それは全く逆で、そうしないと死んでしまうからである。
必要な新陳代謝であり、次の元気を得るためであり、成長を続けるためである。

生物が生き続けるために必要なエネルギー補給や代謝などと同じである。

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2005年8月23日

独自の発想

作家の邱永漢氏がかつて、(どこかの雑誌か何かで)言っていた話。

中華料理とフランス料理は素材が悪くとも料理人の腕で食べさせることにプライドをもっている2大料理である。
中国の金持ちは腕を競う料理なら中国人が上だと考えているから、フランス料理を食べないそうである。ところが日本料理は好んで食べるそうだ。
日本料理は「素材のよさ」を活かし、中国料理と異なる発想でうまく料理して食べさせる点を評価している。

自分たちの独自な発想を大事にし、文化にまで昇華させた所に意義があり、他国にも認められた物だと思う。どんなにレベルが高くても、競合が激しい( = 類似の技術、発想で)勝負するのは苦労が多く、報われない事が多い。

以前、書いた
「お椀の中の小宇宙」05.05.07 
にもフランス料理のシェフが日本のだしの文化を研究している話もある。
これはこれで、さすがと言うか、立派な動きである。
 

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2005年8月15日

きっかけ

「人生を変えるきっかけというものは、日常茶飯事のいろいろなところに転がっている」

ただ、我々がそれに気がつくのか否か。
気が付いても、actionを取れるのか、取り込めるのか。

昔、新入社員のときに、講話されたM常務が以下のような事を言っていた。
・運命の女神は皆に均等に微笑みかける。(一生の内、3度とか言っていたような気がする)。
・常日頃、精進努力している人は、一瞬でも、それを感じ、チャンスを掴む。
・力を付けていない人は、せっかく、女神が目の前を通り過ぎても気が付かない。

同じような事を色んな人が表現している。
冒頭の表現は、医師&宇宙飛行士の向井千秋さんの言葉である。

向井さんは自身が、色んな事にチャレンジし、自らの人生を大きく、豊かに「変えていった」人である。

我々は、目の前にある、女神に気が付いているか?

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2005年7月24日

回り道の近道

TVを見ていたら、大倉正之助という雅楽奏者(鼓弾き)の話が出た。
この人、皮ジャンにバイクで現れ、いわゆる伝統芸能筋の人ではないように思えるが、顔の表情には深い味わいを感じる。

小さな頃に父親の厳しい鍛錬を受け、反発をしながらも耐えていたが、高校の頃に仲間の嗜好(ビートルズなど)と雅楽のギャップに絶えられなくなったりし、家を出て有機農業を始める。

農業に充実感を感じていたある日、同じように家業を継ぐと言う事に反発していた友人の石工の仕事振りを偶然見た。代々伝わり体に染み付いていた立派な技術を見るにつけ、その友人に、技術の継承を大事にしろと言う自分に気がつく。

その頃、一度は捨てた鼓を取り出し、海辺や,河原、山中などで弾いて見る。
自然の中で月と一体になった瞬間、何かを感じ、再度、父親の下に指導を頼みに行く。

同じようなシーンは身の回りに数多くある。会社の新人教育ならずとも、我が家の子供の教育であっても、思うようにいかないが、やはり、「自らがやりたいと思う事」が肝要であり、押し付けてもうまく行かないものだ。

親の立場で、無駄な事は止めろ、「ちゃんと」勉強しろと言っても、何が無駄で、何がちゃんとしているのか王道があるわけではない。
スキルを求めていない時にスキルを無理に押し付けても吸収しない。

大倉さんの場合、自分の体の中から湧き上がる時代背景との葛藤があり、やりたい事にチャレンジし,何かを掴んだ。かつ、自然との一体化という雅楽にとって貴重な悟りも得る事になる。

回り道をする事によりたくましい感性と貴重な経験と言う宝物を手に入れたという話だ。

人が大きく育つ時には「時期」がある。その「時期」が来たと思えるときに一気に全霊を傾けて指導する。いつもいつも、ガミガミ言うものではない。

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2005年7月16日

言葉を尽くす

NHKTVで人間ドキュメンタリー 「言葉を尽くし、医を尽くす」を見た。

国内で2例目の肝臓のドミノ移植や九州初の生体肝移植などで名前が知れた、外科医・杉町圭蔵さんは九州大学医学部の教授を退官後、民間病院の院長に就任し、2年前から“セカンドオピニオン”を聞きたいという患者や家族の相談に応じている。患者の多くががんなどの重い病を抱え、切実な思いでやってくる。

現実の死に直面した人の切実な悩みは画面を通してビシビシ伝わる。患者が博多弁だけに、余計に伝わる。じっくり時間をかけ、訪れる人の声に耳を傾け、納得してもらえるまで言葉を尽くす杉町さん。

杉町さん自らの真面目な生き方が患者との真面目な対峙となり、真剣に伝える治療方針となる。
尽くされた言葉により、死しか考えていなかった患者が生きる望みを得て、頑張ろうと言う意欲を見せる。
その気持ちが、患者が家族に伝えた言葉や残されたノートなどで紹介される。

人間は死期が迫った時に、何により、救われるのだろう。
どうせ長くないからと言って、手抜きの治療や、投げやりの言葉しか掛けて貰えなかったとしたらどうか?

杉町氏は誠心誠意、患者の言葉を聞き、治療方法を模索するだけでなく、言葉を選ぶ。
言葉を尽くし、医を尽くす。

新人医師の指導にも、「患者のベッドサイドが大事」 といい、患者との会話の中に色んな真実を見出せと言う。自問する姿勢を示す。

我々の職場にもヒントになる、考えさせられるシーンが沢山出てきた。
我々は、日々の生活でも、死ぬほど悩んでいたり、分かってもらえずに悶々としている人たちにどれだけ気付き、言葉を尽くしているだろうか?

言葉で患者と向き合う治療。言葉を尽くす治療。
杉町氏の生き方、人間性が存分に伝わり、久しぶりに感動してしまった。

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2005年7月11日

人を育成する方法

「人を育成する唯一の方法は、その人を忙しくする事である。」 と聞いたことがある。

別の言い方をすると、「人は修羅場で育つ」とも言う。

仏教の「四諦」は、PDCAそのものだが、「苦」からスタートしている。
苦の認識 = 修羅場 から何事も始まり、人を育てると言う事だと思う。

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2005年7月 3日

楽しむ姿勢

NHKBSでメジャーリーグ、マリナーズvsレンジャーズ戦を見た。久しぶりにゆっくりとした休日で、リラックスして見た。
7回のマリナーズの攻撃の前に恒例の「私をベースボールに連れて行って」を観客全員で合唱していた。
楽しんで歌っていた。
老若男女、赤ん坊まで体でリズムを取っている。ベースボールはアメリカにとって言わば国技とでも言える競技であり、皆がベースボールを愛している事が分かる。
また、日本人が苦手な、感情をストレートに表現し、(徹底的に)楽しむ姿がそこにある。

現地でその空間にいたら感動するだろうなと思ってしまう。

昔、高校に入学した時に、新入生が全員、講堂に集められ色んな話を聞いた後、(予期せぬ)先輩達による校歌斉唱を聞いた時の事を思い出した。

2会席に控えていた吹奏楽部が伴奏を始め、2年生が皆で歌う。まるで、不意打ちであった。
初めて味わう、迫力ある大合唱、リラックスして楽しんで歌う姿。
中学生からいきなり、大人の世界に入れられたようなカルチャーショックを受けた。
たった1年しか違わないのに2年生が随分と大人に見えた。
と、同時に段取から、演奏まで先生の手を借りずに自主的に展開している姿に感心したものだ。

それまでに、感じた事の無い迫力のある音に包まれた空間。

MLBの応援歌とは関係ない話だが、全員合唱の迫力と幸せそうな人たちの顔を見ながらふと、昔の事を思い出した。

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2005年6月 8日

ジーコとトルシエ

ジーコjapanが、ワールドカップ出場を世界で一番早く決めた。
先のバーレーン戦である程度、先が見越せていたし、北朝鮮戦でも先行していたので、以前のワールドカップ予選(ドーハの悲劇)のような悲壮さは感じなかった。

代表選手もグローバルな経験を豊富に積み、ヨーロッパのクラブチームに所属している選手も数多く輩出し、かつてとは、見違えるように層も厚くなり、頼もしくなったと思う。

今回のジーコの采配やコーチングを見ていて、ふと、4年前のトルシエと比べてしまった。
静と動、放任と管理、情と理、etcetc

人により評価は異なるであろうが、個人的に注目するのは、マネジメントスタイルに於けるプレイヤの扱い、という観点である。

トルシエは強烈に自分の戦略、プレイスタイルを「押し付け」、感情的に指導したと思うが、ジーコは個々人の技量が向上する事が、戦術の前に必須であると言い、各自の自覚を促していた。
夜中抜け出して夜遊びに行った選手に対し、強烈な反応を示し、滅多に怒らないジーコが、国の代表としての自覚を持てと、強く怒っていたのを思い出す。
日本人のマインドに近いものもあるのかな。

中田や小野を始め、自立心旺盛で、セルフコントロールのうまい、いわゆる、「考えるサッカー」をする選手が増えてきたと思う。
そういう意味でパラダイムシフトして来たサッカー世代に対し、一人の大人として認めず、「管理」を押し付け反発を食らっていたトルシエでは、今のメンバーは扱えなかったかもしれない。

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2005年5月11日

トーマス・ワトソン・ジュニアの言葉

「成功する企業と失敗する企業の決定的な違いは、社員のすばらしいエネルギーと才能を、組織がどこまで引き出せるかにあることが多いと思われる。」
                       トーマス・ワトソン・ジュニア

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2005年3月25日

循環型環境社会への挑戦

NHKTVにて循環型社会への取り組みを3件紹介していた。思っていたより進んでいるとの認識を得た。

1.植物プラスティック(ポリ乳酸)

 アメリカで開発され現在ほぼ独占状況。とうもろこしの澱粉を発行させて作るため、化石燃料を使わないプラスティックができる。地面に廃棄しても3年で土に返るそうだ。
大量生産により、単価も石油加工品と変わらないレベルまで低減している。
日本でもトヨタが生産プラントを立ち上げたそうで、トヨタバイオ社では原料の多様化(芋、大根、砂糖キビ)にも取り組んでいた。
これだけで5兆円/年の事業規模になるそうだ。

2.ゴミを材料にしたエネルギー革命

 スゥエーデンで展開されているバイオガス(下水に含まれた排泄物を醗酵させて作ったメタンガス(98%の純度))とゴミを焼却して作った電気である。
新たに開発されたバイオガス車は国の制度的バックアップにより、ガソリンより燃料代や税金が安いため利用者が急速に増えているそうだ。
スゥエーデンでは全エネルギー中に占めるバイオガスの比率が16%まできているそうだ。
廃棄物の活用により石油の消費を減らしながら経済発展を実現していると言う理想的な推進である。

3.退耕還林(たいこうかんりん)

 中国で過去の森林の大量伐採による水害の反省を踏まえた植林活動である。畑を潰して植林をし、生態系の回復を図っている。具体的な効果も現れ、弾みがついている。

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2005年2月 2日

アラン・ケイの言葉

「 未来を最もよく知るのは、それをつくりだす者自身である 」

-The best way to predict the future is to invent it. 
                                (アラン・ケイ)

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2005年1月30日

fieldwork knowing

知っていることの整理に入ったら何かが失われる。見えなくなる。
知識を得たら分かったつもりになるが、実戦では何もできないことが多い。

知識は深い洞察に入る入り口でしかない。
体全体で考え、現場で獲得できる知恵を求め続けなければいけない。

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2005年1月22日

聞くと聴く

ITC−METROのKさんに良い話を聴いた。

「『聴く』と言う文字は十四の心で耳を傾けると書く。
『聞く』という字は門構えに耳で、構えて聞くと書く。」

聴くは、身を入れて聴き、コンテンツだけでなく、相手の「想い」まで聞き出す。
聞く側に構え(「枠」)があると価値観、自分の信念などで、相手の話の内容を曲げてしまう。

きちんと聞けないと、きちんと伝えられない。
私はこう受け取りましたが、間違っていませんかとフィードバックする。ジョハリの窓を広げる努力が必要。
分かっているつもり、理解しているつもりが最後に大きなギャップをもたらし、プロジェクト失敗の元になる。

Posted by hirarin at 22:17 | コメント (0) | トラックバック

2005年1月 1日

新年の抱負

家族が寝静まって、恒例の「朝まで生TV」を見ながら、これを書いている。
昨年は色んな意味でブレイクする「学び」があった。これの根本的ドライバは自己の姿勢(方向性)を決めた(focusした)事に依ると思っている。今年はこのfocusした諸点を更に深めると言うのを基本姿勢としたい。
仕事の面では「実行(力)」を重視し、戦略の具体化をしたい。

Blogはしばらくは、試行中だから、書く内容の区分、深さ、質、open度合いなどを色々と進行形で試してみたい。(未だ技術が無いこともあるし^^;)

とりあえず、この「場」を活用してfocusすべき事を整理したい。

・プロジェクト思考を構成する以下のようなようなコンテンツの経験、学習などを通して習得したこと。
 (ロジカルシンキングとクリエイティブシンキングの使い分け、大局観、欧米のPMナレッジ体系と日本の(弊社の)DNAとのギャップ、マンダラも含めたmatrix思考の活用、コンピテンシー応用活用、等等)
・昨年からの継続で、「関係性」を深める社外talentsとのコラボの追及。
・東京生活見聞録
・どちらに向いて今後の行動を絞るか、自分の行き方の源泉、何故か。
・上記の傾向を測るともいえる読書感想、各種メディア感想。
・本の出版の経験、メディア力の向上
・Blogのノウハウ蓄積、情報交換
・proffesionalの追求、定義、展開、浸透
・日本(人)の優れた部分への気づき、形式知化
・中堅分野企業へのソリューション、経営ノウハウ

あんまり列挙してもショウガナイカ。

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