2010年2月11日

まど・みちお 百歳の詩

録画していた、まどみちおさんの「まど・みちお 百歳の詩」を見た。
百歳を迎えても衰えない、まどさんの創作活動を追ったNHK製作のドキュメンタリーである。

まどさんは、「ぞうさん」、「一年生になったら」、など色んな作品を残している童謡作家であり、
児童文学のノーベル賞とでも言うべき国際アンデルセン賞を受賞している方だ。

「私は本当にどんなものにも、不思議を感じます。」と言い、
目に触れるもの何にでも好奇心を抱く。草花や小さな生き物が大好きだそうである。

そんなまどさんを見て、詩人の谷川俊太郎は、ウイリアム・ブレイクの次の詩を引用する。

   一粒の砂に世界を見る
   一輪の野花に天国を見る

この詩がぴったり当てはまるように、どんな細微なものにも興味を示し、我々凡人が見逃す「不思議」を捉え、言葉にする。

まどさんの言葉
「この世の中でゾウのように鼻の長い動物は居ません。
 そんなゾウに「鼻が長いね」と言う事は、「お前は変だね」と言う事と一緒です。
 でも、ゾウは嬉しそうに「母さんも長いのよ」と応えます。
 自分の一番好きなお母さんと一緒だと言うことを誇らしく思っているからです。
 本当にゾウがゾウとして生かされていることは何と素晴らしいことでしょう。」

Q&A:
Q「まどさんにとって幸せとは何ですか?」
A「現在を肯定的に見ることができる人は幸せだと思います。
  『全部に感謝しながら』という感じで暮らしていくのが、
  自分は幸せ、他の者も幸せに成るんじゃないかと思います。」

感性豊かな「不思議がり」の百歳(明治42年生まれ!)である。

Posted by hirarin at 19:27 | コメント (0) | トラックバック

2009年11月 7日

松井のMVP

NHKTVの「追跡!AtoZ」を見ながら書いている。

番組は松井の大活躍の裏にある苦悩や、選手生命をかけた努力、克服のプロセスを追いかけている。

華やかな優勝戦でのMVP受賞に際しても、決して調子に乗らず、淡々とした大人の雰囲気を漂わせていた。

シリーズ中も修行僧のように無表情で、ホームランを打っても淡々としているなあと思っていた。

この番組を見ていると、彼の満身創痍の体の状態と、契約最終年の追い込まれた状況と、苦悩を乗り越えてきた日々の様子が良くわかる。
苦しい中でも堪えて、積み重ねてきたことが土壇場で花を開いている。

松井の表情もすごく大人の、良い顔になってきた。
イチローとは違う次元で、「闘うプロ」だと思う。世界に通用する数少ない選手の一人になった。

ヤンキースの若返り作戦の中では、来シーズンの継続契約は難しいだろうが、松井もニューヨーカーのみならず、US全体の祝福を受ける素晴らしい1年の締めくくりになったと思う。

自分の闘っている事と重ねても、感じるものは多い。
やはり、人間を育て、一つ上の高みに上らせてくれるものは「苦難」であると今更ながら思う。

Posted by hirarin at 22:32 | コメント (0) | トラックバック

2009年10月29日

家族愛とロマン

先週末、名古屋の懐かしいお客様との久し振りの集まりが会った。
目的は2つ。

1つめは、お世話になったMさんの自作のウッドデッキを見学しよう。
2つめは、ついでに近くでゴルフでもしましょう。

ゴルフの話は別途記するとして、ウッドデッキは感動モノであった。
Mさんのご両親の家(つまり実家)の裏山を切り開いてご自分で木造の家をこつこつと建造されたのだ。
さすがに基礎や一部の構築はプロの手を借りたらしいが、大半は自分と家族と友人だけで少しずつ手を入れてきたと言う。
しかも、まだ建築中であり、端の部屋は内装が仕掛かり状態になっていた。
壮大な計画である。

遥かに岐阜の山並みを見渡せる雄大な眺めと清々しい空気の中で、20〜30畳はあろうかと言うウッドデッキ付きである。羨ましい〜〜。

ご自分で書かれたという設計図(思いも付されたグランドデザイン画)を見せていただいた。
思わずシャッターを切らせてもらった。
残念ながらここには掲載はできないが、素晴らしい作品であった。

そこにはご本人の着手に当っての、コンセプト(理念)が記されていた。

1.家族が力を合わせて自らの手で作る家
2.懸命に生きた見た目の悪い素材こそ暖かい
3.作り続ける(常に未完:half build)

大黒柱は裏山から切り出してきた丸太そのまま一本!
週末は早めに帰って、コツコツと、楽しみながらここまでできた(まだ進行形)と仰る。
まさに人生最大の作品である。

Mさんの人生観と家族愛が偲ばれる作品である。

その清々しいデッキで美味しいお茶と、美しい風景を堪能した。
良いものを見せていただいた。

Posted by hirarin at 06:23 | コメント (0) | トラックバック

2009年1月10日

リーダと器

NHKアーカイブの続き
「難民と歩んだ10年 〜緒方貞子・国連難民高等弁務官〜 2001年1月20日放送」

この方は凄い!その存在感は並外れている。しかも品があって凛としている。
弱者を助けたいという強い思いから生まれる強い姿勢がある。
当時の安保理の対応能力の弱さと並べてみるとその堂々としたぶれない軸が余計に目立つ。

現場に行き、ギリギリの選択、判断をする。そこにリーダの姿勢を見る。
「現場に行かないと抽象的に考えたものは効果ないですよ。」と言い放つ。

本当に体を張って、信念を持って仕事をしている。
「人間の尊厳」に身を添わせることでぶれない軸ができる。

「決めること」がリーダの仕事である。
きれいな形で問題の解決がある訳ではない。任務を明確に定義したから強い姿勢ができる。

賛成する人が100人居たら、それと同数の100人が反対をする。
これはリーダの辛いところ、責め苛まれる姿になる。

今の時代は日本だけでは成立しない。相互依存の世界である。
宇宙から見れば国境は無い。空気は繋がっている^^。
日本だけが豊かになれば良い、と言うことは成立しない。

遠くから平和主義を唱えることは簡単だ。難民を救済するには現地に行くしかない。

人間と人間の相互理解のために、一人の軸(しっかり立つこと)が大事だ。
これが信念に繋がる。

Posted by hirarin at 17:16 | コメント (0) | トラックバック

質実な風景

土曜日の朝はいつも早く起きるのだが、昨日はちょっと飲みすぎたこともあって、今日の朝はゆっくり眠った。
起きて、何気なくTVのスイッチを入れると、「NHKアーカイブ」で、1982年7月23日放送の「85歳の執念 行革の顔 土光敏夫」 の再放送をやっていた。
実はこの番組、26年前にもリアルタイムで見て感心したのを覚えている。

当時もマスコミに顔を晒している人は、妙にチャラ化て居るというか、カッコマンが多かった。その中で、TVに映し出された土光さんの顔は実に味わい深く、渋かった。言うことも、一言一言、迫力があり、その覚悟と言うか、気迫が伝わる。

何より、画面を見て驚いたのはその質素な暮らしぶりであった。
映し出される生活は、着るものは非常に粗末であり、つぎはぎだらけである。食べ物もお粥に目刺とキャベツの一番外側を柔らかく炒めたもの程度でお世辞にも大企業の社長を歴任した人の食事とは思えない。風呂では50年も使い古していると言うたわし(毛が磨り減って丸く小さくなっている)で体を摩擦する。歯磨きのコップは子供が使うようなプラスチックの古いものである。
この人には体裁なんかどうでも良いのである。もっと大事なもののためにエネルギーを使っているのである。

正に明治人の質素な暮らしである。

印象に残った事柄:
・余裕が出たからといって贅沢に走ったら、それで文化(度)が上がるか。
 先人が努力して築き上げた文化の理解と昇華
・無駄を省いた自然な生活は豊かな生活の象徴とすら感じる。
・土光さんは「冷徹な合理主義者」と言われていた。 → そう言う人しかやれない行革だった。
・和魂洋才:ベースに儒教的な合理主義があり、日本の伝統的な価値観と西洋の科学的合理のバランスを持っている。

事前に分かっていたら録画したかったなあ。

Posted by hirarin at 15:23 | コメント (0) | トラックバック

2008年11月 8日

秋吉敏子さんの料理

土曜日の朝はNHKTVの料理番組「食彩浪漫」を良く見る。
朝起きて、一仕事終えて、一休みと言うか、腹が減ったなあ、の時間でありタイミングが良い。
ゲストのトークも面白いし、結構人間性が出てきて、楽しい。

今回は、jazzピアニストの秋吉敏子さんだった。
この時代の功成り、名を遂げた人に共通するのは、
・よく食べ
・よく笑い
・感謝の意を表し
・明るい
しかも、秋吉さんは料理でもアイデア豊富であり、腰も軽い(よく動き回る)。

指を大事にするピアニストは本来なら包丁など握らないらしいが、この方は、自分でも料理するのが楽しいと言う。
USでも毎日、指の筋肉の基礎トレーニングを欠かさないそうで(これも感心する)、TVの料理番組を見ながら黙々とトレーニングするそうだ。

食べることが大好きな人には料理好きが多い。そして、皆明るく健康だ。^^

Posted by hirarin at 20:36 | コメント (0) | トラックバック

2008年10月 9日

マネジメントの姿勢

NHKTVのクローズアップ現代で王監督の特集を組んでいた。
繰り返し見た映像や周りの皆さんのインタビューを聞いても、改めて王さんの立派な姿を確認できる。

若い時から謙虚であり、世界の王になっても必要以上に自己アピールをしない。
しかも、常に自己に厳しく、難しい世界にチャレンジし、現場に身をさらしている。

現場と同じ目線での発言は説得力があり、求心力がある。
この辺りは以前、このblogにもエントリーした宮本信也とも通じるものがあるかもしれない。

番組の中で、元ジャイアンツで王監督の下でヘッドコーチを務めた香取義隆さんが次のように言っていた。
・王さんは求道の人で、厳しく技術を追及する人だ。
・監督になって、自分の野球に対する姿勢と、選手のそれのギャップに戸惑っていたようだ。
・ホークスではジャイアンツの時よりもそのギャップは大きくなっていたと思う。
・優勝した時は吹っ切れたかな、と感じていた。
・WBCで久し振りに一緒に戦ったが、近くで見た王さんの変貌振りに驚いた。
・実に穏やかに、気さくに選手と会話する。
・現役選手さながらに、現場目線で指導し、フットワークも軽い。

この数日、考えていた事と重なることが多い。
個人的な見解だが、この変化の早い時代、色んな情報が手早く入手できる時代には王さんのような「リーダシップ」が非常に参考になる。つまり、

・立場が上だから、人が付いてくるとは限らない。
・皆を納得させる何か(技術、人柄、ビジョンetc)がないと人は付いて来ない。
・リーダ自身が常に進化しないと現場の問題が把握できない。
・その為にはリーダ自身が勉強し、絶えず現場に出て、会話をし、生の情報を掴まねばいけない。
・本当に偉い人は、謙虚である。

などである。

このような事を、自ら言わなくとも、周りが感じるから王さんは偉大であり、人が集うのである。

Posted by hirarin at 06:20 | コメント (0) | トラックバック

2008年9月28日

Paul Newman 逝く

中学生の頃から好きだった俳優のポール・ニューマンが亡くなった。
渋い演技が好きだった。

一番良く映画を見た頃の、印象に残るactorである。
静かで、強くて、優しい、良き時代の男だった。

容態が悪いのはニュースなどで知っていたが、残念である。
享年83歳。奇しくも先日亡くなった母と同じ歳だ。

天空で話しているかな。

ご冥福をお祈りする。

Posted by hirarin at 11:59 | コメント (0) | トラックバック

気力が全て

TVを見ていたら、陸上のマスターズに出場していた岩手の下川原孝さん(102歳)のインタビューがあった。
この方、M100+のクラスで砲丸投に4m85の世界新をマークしたそうだ。
既にやり投げ、円盤投げでも世界新を出しているので、三冠王の達成だと言う。

元気だなあ。

100歳を超えて、投げる前にあの重たい砲丸を抱えられるかな。
しかも5m弱も投げるには相当の体力が必要だと思う。

何がその体力の秘訣かな、と感心しながら見ていたら、本人のコメントがあった。
「気力だよ。全て気力があればできる。」
と、おっしゃった。

体力ではなく、気力だとおっしゃったのが印象的だ。
確かに100歳を超えた老人の姿にはとても見えない。
悠然矍鑠としている。
家の近くには行きつけのバーがあって、ボトルもキープしているそうである。

すげ〜。

気力が生命力を引っ張る、という感じか。
見習わなくっちゃ。

Posted by hirarin at 11:42 | コメント (0) | トラックバック

2008年9月24日

王さんの引退

ソフトバンクの王監督が引退する。
葬儀の残務整理で福岡に居たので、ローカル番組で詳しく報道しているのが見れた。

王さんも色々と苦渋の選択であったと思うが、満身創痍でギリギリの状態だったと思う。

フアンの前での挨拶も飾りの無い、王さんらしい誠実な語り口であった。
もう、吹っ切れた表情で淡々と述べていたのが印象的だった。

各界の人のTVインタビューで記憶に残ったのは、

イチロー:「数字の記録だけでなく、王さんの人柄や人間としての器の大きさが、世界の王と言われる所以だと思います。」  全くの同感だ。

王さんの従兄弟の川口さん:「彼(王さん)の口から愚痴を聞いたことは全くありませんでしたね。」


幾多の栄誉を築き上げ、プロとしてやるだけのことをやり尽くした人の悟りを得た言葉である。
淡々とした無我の別れの言葉であった。

母の永眠で、傷心の日々であり、泣くだけ泣いて空っぽの心に、王さんの言葉はスッと入って来た。そして、じわじわと浸みた。

ご苦労様でした。暫くはゆっくりお休みください。
(この言葉も、母に言ったことと、シンクロする。)

Posted by hirarin at 18:34 | コメント (0) | トラックバック

2008年9月 9日

パラリンピック

オリンピックが終わったら、同じ場所でパラリンピックが始まった。
障害を持つ人の明るく、悟りを得た人生観や生き方にはこのBlogにも何度か共感したコメントを書いたことがある。
TVを見ながら、不覚にも感動して、涙を流したこともある。

今回はパラリンピックなので、その紹介もグローバルである。
TVで、USやイラクなどで戦争に出て、片足、片腕が無い人のバレーボールや水泳などで、世界一を狙う人達の生き様が紹介される。

皆、それぞれの素晴らしい物語を背景に持っている。
涙腺が弱くなった身としては、紹介の度に、相手の思う壺にはまってしまう。

障害があろうが無かろうが、年齢が高ろうが、そうでなかろうが、自分を信じて努力する。
何年かかっても一歩でも前に進む。
我々からすると、驚くほど淡々と、すぐに気持ちを切り替えて次に進む気持ちの強さがある。

ついこの前まで、負けたら立ち上がれないほど打ちひしがれたオリンピックの健常者金メダル候補を何人も見た。
パラリンピックではインタビューに出る敗者は、驚くほどサバサバとしている。
彼らが背負っている人生にはそのくらいで泣いている暇は無いと言わんばかりである。

気持ちの強さ、神に近いところで人生を見つめている本質的な強さがある。
また、スポーツができる感謝の念を、喜びを強く表現する。
風を感じて走る喜びを強く表現する。

戦争や事故などの過去のつけを自分の体に刻んだ人達である。
その悲しみを振り切る、新しい再生をスポーツを通して実行している人達である。

見上げるほどの強く、素晴らしい、そして美しい人達である。

Posted by hirarin at 21:52 | コメント (0) | トラックバック

2008年8月23日

つんくのお好み焼き

NHKTV「食彩浪漫」で、つんくが土鍋で炊くご飯と、お好み焼きの作り方を紹介していた。
アナウンサーが「ご飯のおかずが、お好み焼きですか?」と驚いて聞く。

関西では普通のことで、あのソースの味を一口でも食べるとご飯がほしくなる、と言う。
それに、彼が作るお好み焼きは、粉を焼くというより、温野菜を作ると言う感じだそうな。
粉や芋(じゃがいも)は野菜のつなぎとして、ほんの少し入れるだけ。
(だから、自分の中では、おかずだ、と言いたそうだ。)

男料理というより、女性が作っているような繊細さを感じる。
材料や道具にも好みがはっきりしていて、作り方にもこだわりの強さが沢山見られる。
やはりミュージシャンだからな。

食べる時には、関西の普通のおばさん(失礼、おっさん)に戻る。
関西人は、食べる時も、よく喋るし、楽しそうだ。とにかくエネルギッシュだ。

多種の薬味、隠し味を使い、つなぎも工夫し、適度に寝せ、ご飯の炊き方にもこだわりがある。
段取りや、道具に対するセンスも、おやっと、思わせる瞬間が結構あった。


対象が音楽であれ、料理であれ、モノ作りに精通すると、一定以上のセンスが磨かれるのかな。
この人、ミュージシャンとしてはあまり興味が無かったが、この番組では意外な一面を見た気がした。


Posted by hirarin at 10:34 | コメント (0) | トラックバック

2008年8月16日

趣味が高じて

NHKTVに俳優、声優の石丸謙二郎さんが出ていた。
海岸をマウンテンバイクに乗り、トレーニングモードで、(かなりのスピードで)颯爽と通り過ぎる。

料理の番組であったが、この人の多趣味を知ることとなった。
番組は、この人の別荘(?)と思しき場所で収録される。
従って、部屋に入ると直ぐに、いやでも色んなものが目に入る。

ウインドサーフィンの(自分で作った)筋トレ用のツール、各種トロフィー、フリークライミング(所謂壁登り)のトレーニング用の懸垂ツール、そして釣りの話。

この人、趣味となったことを徹底的に極めるまで続ける人のようだ。
決して無理をせず楽しみながらやるので、長く続くと言う。根性ものの「暗さ」が無い。
職業の俳優自体が、学生の時の「楽しいから」やり続けた趣味の一つが高じたものだと言う。

うらやましい限りである。

肝心の料理であるが、自分で釣って来た石鯛を丸ごと食べ尽くす、と言うことで、次の3種類の料理をする。
,造り
骨蒸し
D汁

小さい頃に母親の作るのを見て覚えたと言うが、随所に凝り性が見え隠れする。
さしみは包丁の切れ味で決まる、と切る前に入念に研ぎあげる。

何より感動したのは、その食べ方である。
魚好きの食べ方である。丸ごと食べ尽くす。おいしそうな満面の笑みである。
おいしそうに食べる人に悪い人はいないと言うが、さもありなん、と思わせる食べっぷりである。

骨の一本、一本まで分解してしゃぶる。魚の方も本望であろう。

余計なことを言わない。しかし、チラチラッと、うれしそうに話す趣味の話の端々に、極めているレベルが見える。
54歳にして、好きなことを楽しく追求し、続け、極める。
この人が話すと、辛い筋トレも楽しそうに聞こえるから不思議だ。

いいな。力みの無いエネルギー効率の良い生き方だ。
老後の参考になる生き方かな。

Posted by hirarin at 10:56 | コメント (0) | トラックバック

2008年8月 9日

タモリの弔辞

我々の世代には色んな意味でインパクトのあった赤塚不二夫さんが亡くなった。
その葬儀での弔辞をタモリが読み上げているのをTVのニュースでチラ見はしたが、短時間の放映であったので、さして気にも留まらなかった。
しかし、今日、知り合いのコンサルがすごい弔辞だから見てみな、と言うので探して見た。
確かに感動的なものだ。しかも読み上げていたものは原稿ではなく、白紙であり全てアドリブで言っていたのでは、という話題になっているそうだ。

見てない方は、是非ご覧あれ。

◆タモリ弔辞全文◆

 弔辞

 8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。

 われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

 何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

 それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

 今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。

 私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。

 平成20年8月7日、森田一義

Posted by hirarin at 12:15 | コメント (1) | トラックバック

2008年7月16日

堺雅人の渋い演技

NHKの大河ドラマは、最近あまり見ないのだが、先日家で作業をしている時に、たまたま横で、家人が見ていたので見るともなく、何となく見ていた。

篤姫である。

篤姫役の宮嵜あおいもがんばっているが、家定を演じている堺雅人という人、良かったな。
最近の俳優はあまり知らないし、意識して見た俳優はそんなに居ないのだが、この人には何かしらセンスのようなものを感じる。

自分の死期を感じ、国の未来を案じながらの様々な取り巻きとの人間関係。それらを背景とした篤姫との色んな情念をこめた会話が実に渋い。遠くを見るまなざしが、その演技が、儚さをうまく醸し出していると思う。

興味を持ったので、YouTubeで過去に出演したいくつかの映像を見てみたが、何かしら思いのこもった、繊細な人間像の理解と(その人への)為りきりを、どの映像にも共通して、強く感じる。

まだ若いのだが、その人間理解や表現に老成したような渋さを感じ取れる。

映画にも幾つか出演しているみたいだし、DVDのレンタルでもしてみるかな。

Posted by hirarin at 22:02 | コメント (0) | トラックバック

2008年7月 8日

キャプテンの姿勢

NHKTV「プロフェッショナル」でプロ野球選手宮本信也をやっていた。

星野監督いわく「信也はチームを引っ張っていく極意を知っているよね。」
         「俺が(星野監督が)言い難い事をズバッと言ってくれる。」

宮本の流儀:「チームは背中と口で引っ張る。」
        翻訳すると 「行動で示し、きつい事を言ってあげないとチームは動かない。」

相手チームの動きを読み、試合中に他の選手にブロックサインや、アイコンタクトで伝える。
投手の心理を読み、試合中に何度も(若い)投手のもとへ駆け寄りアドバイスする。
そして、チームの誰より練習をする。

練習中にも、試合中にも容赦のない辛口の檄が飛ぶ。
「あとをやれ、ちゃんと。後が大事だ!」 「行くんだよ。お前が!」
「簡単に点をやるなよ! (今日は)この1点はなかなか取れへんぞ!」
きつい言葉でも、同じフィールドで、流れを読んで発する言葉には厭味がない。
選手として同じ目線で言うから伝わるタイミング、言葉がある。

「失敗から逃げない」、言い訳しない。
自分のミスにも客観的に向き合い、反省し、みんなにちゃんと謝っている。
だから、気を抜いたプレーには容赦なく檄が飛ぶ。
「本当に必死にやったのか!」
宮本の性格からは、スキのあるプレイには黙っておれない。

入団当時の監督(コーチ?)から言われた言葉。
「二流の超一流になれ。」
この言葉を、宮本はどう受け止めたのか分からないが、確かに身長167cm、恵まれた体とはいえない。
ずば抜けた身体能力のない宮本がどうやって生き残ろうとしたか?

その後の野村監督のID野球で、考える野球を徹底的に教え込まれる幸運な巡り合わせもあった。
状況を的確に読み、考える野球をするのだとこの時、腹を据えている。

野村さんからも 「考える野球をし、脇役として超一流になれ」 と言われている。

この延長上に今の日本代表チームに欠かせない選手、宮本信也が育っている。

今年のヤクルトは主砲が抜け、エースが抜け、若手中心の気の毒なチーム編成だ。
その中でも(その中だから)宮本の存在感がますます増し、贅肉のない、考えるチームが出来上がりつつある。
古田の後を受けたキャッチャー福川を徹底的に鍛えている。

経験が少ない分、ミスが出る。失敗の教訓が生きないこともある。
そんな時は、キャプテン宮本は負けた後、選手を残して毅然と一つの事を伝える。

  「もっと頭を使って野球をやろう。」

野球に向き合っている時間が長いやつは一流になる、と遅くまでビデオを見て研究し、ノートをまとめる。
全身全霊を傾けて野球をやり、若手に背中を見せる。そして辛口の檄を飛ばす。

キャプテンの姿勢は揺るがない。


淡々と渋い仕事をこなし、若手を情熱を持って育てる。
場を読んで(わきまえて)、ブレない軸で率直な意見を言い、檄も飛ばす。
我々の職場にも必要なリーダー像とまったく同じだ。(上記の文章の「野球」を「xx」と自分の仕事に置き換えてみればすぐ分かる。)
教えられることが多い。

Posted by hirarin at 23:28 | コメント (0) | トラックバック

2008年6月20日

伊達さんの優勝

女子テニス 東京有明国際 で 37歳の伊達公子さんが、現役復帰4大会目でシングルスを初制覇した。
決勝で18歳の秋田史帆(なんと年齢はダブルスコア^^)にストレート勝ち。引退以来、約12年ぶりのシングルス優勝を決めた。
4月に現役復帰した90年代の女王が、見事に年齢の壁を破った。

若手がふがいないと言う言い方もあるが、それ以上に伊達さんは、豊富な経験から無駄の少ない頭脳的なプレイを随所に見せていた。

年をとるとある意味、「見えてくる」こと、「判ってくる」ことが出てくる。

脳はいろんなバランスを取りながら、大局的な判断ができるようになっている。
精神面も、若い時より自分を客観視でき、コントロールできるようになり、タフネスが増している。

ただし、それが(脳で)分かっていても、一般人にはそれがフィードバックできない。
頭の考えるように体が付いていかないからだ。
伊達さんも若い時のようには(おそらく)体が動かないのだろうが、そのように見えないのがすごいところだ。
それを支えるトレーニングを積まないといけない。実際、彼女のトレーニングはものすごいらしい。

大きな目標に向かってトレーニングを積む姿は美しく、衰えていくものを努力でカバーする(できる)ことを示してくれた。
これもcoolな生き方である。

Posted by hirarin at 23:40 | コメント (0) | トラックバック

2008年5月25日

琴欧州の優勝

琴欧州が優勝した。
最近の相撲は何となく見る気も失せ、遠ざかっていたが、この人は陰ながら応援していた。
ハンサムではあるが、何となく恥じらいを持った昔風の純朴な青年の匂いがする。

初優勝のセレモニーに対する振る舞いも初々しくて何となく好感が持てる。
モンゴルから来た強い横綱が、日本の国技を愚弄するような態度を見るにつけ、嫌な気分になっていたが、琴欧州は、たどたどしいが、日本人好みの振る舞い、発言をする。
親方の指導の差かな。

優勝の賜杯授与のセレモニーも久し振りに爽やかさの漂う気持ちよいものだった。
笑顔が似合うし、何かかわいいよね。

今場所のとり方を見ていても、自分の体の優位さを活かした回しのとり方、引き付け方で冷静に相撲をしていたと思う。何かを掴んだようだ。

故障と2度のカド番を乗り越えての優勝である。
次は綱取りだ!期待してるよ!

Posted by hirarin at 23:29 | コメント (0) | トラックバック

2008年5月 4日

伊達の迫力

引退していたテニスプレイヤーの伊達公子が復帰して公式戦に挑んでいる。
世界を狙う後進の若手が出て来ないことに対して喝を入れる想いがあるようだ。
三十代の後半で体力の衰えはさすがに隠せないが、戦い方の上手さは随所に光る。

ここぞ、という所でpowerの集中(適正配分)すれば無駄に、(時間一杯を)走り回ることは必要無い。
体力は落ちても、経験を積んだことで蓄積されたものが、体力を凌ぐ上手さに転化している。
無理の無い理想的な試合運びかもしれない。
使い続けることによって年をとっても(若い人とは違う)脳の進化する部分があるのと同じか。

年寄りの(失礼^^;)「上手」と言うものの見本のようなプレイである。
正に Cool!

日とともに勝負勘も戻っているようで、このままだと、本当に優勝してしまうかもね。

Posted by hirarin at 14:05 | コメント (0) | トラックバック

2008年2月24日

真摯に向き合う

NHKサンデースポーツでヤクルトの宮本慎也が特集されていた。
この人、イチローなどと通じる職人肌を感じる。

技術へのこだわり、磨き方、道具に対するこだわり、トレーニングの方法など見ていて、なるほどと思わせるものがある。

本人が一生懸命鍛練に打ち込んでいるので、余計なアドバイスなどしなくても、存在そのものが若い人に刺激を与え、一流の一流たる所以を教える。

昨年最下位のヤクルトは高田監督を迎え、新生ヤクルトを誓い、若い人の育成に力を注いでいる。
宮本のように、取り組みがプロフェッショナルで、渋い選手がいるチームの若手は幸運である。

「バテバテから(さらに)打つと、身に付く」 
「真摯に野球と向き合え。いい加減にやっていると、痛い目にあう。」                  
宮本慎也

存在感たっぷりの37歳である。

Posted by hirarin at 23:23 | コメント (0) | トラックバック

2008年2月19日

腹を立てるな


「怒りは、無謀をもって始まり、後悔をもって終わる」
ピタゴラス

腹を立てて怒ることは、結果的に後悔することが多いものだということ。

今、仕事を一緒にやらせて頂いている Wさんという方がいる。
私より一回りくらい上の年配の方であるが、いつもにこやかで、穏やかな方である。
この方と一緒にいると不思議と素直な気持ちになれるし、安心して本音で語れる。
無駄な駆け引きを考えたことが無いし、そんなつまらぬことに時間を費やすことすら意味が無いと思える。

風貌も優しさにあふれ、気軽に近づいてきては、誰かれとなく、声を掛けてくれる。
頑張っている人間には確実に目を届かせ、何か一言激励してゆく。
お年寄りなのに、夜遅くまで皆をケアしている。

平凡な言葉では表わせないすばらしさがある。

一朝一夕では築けない積み重ねの妙技かな。素晴らしい生き様が背景にあるのだと確信させる何かを感じる。

怒りはエネルギーの源だと言う言い方もあるが、この方を見ていると、何事にも腹を立てない穏やかな生き方こそが真実だと思える。

Posted by hirarin at 02:36 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月 6日

器の大きさ

 
  人の苦しみを自分の事のように受け止められる人って、すごいなあ。

Posted by hirarin at 23:17 | コメント (0) | トラックバック

2007年11月28日

一生懸命

 「 新人さんは下手で当たり前。
          一生懸命やればいいの 」

                   沢村 貞子

Posted by hirarin at 00:31 | コメント (0) | トラックバック

2007年11月13日

稲尾さんのご冥福を

元西鉄ライオンズの黄金期を担った稲尾和久さんが今日、亡くなったとニュースで知った。悪性腫瘍のためだそうで、70歳だった。

「神様、仏様、稲尾様」と称賛される巨人軍との伝説の日本シリーズを始め、シーズン42勝など数々の伝説を誇る人であった。我々の世代では幻の鉄腕、知らない人はいない、と言える人だった。

晩年は福岡のローカル番組でよく見かけたし、一度だけ中州の狭い飲み屋で(偶然)ご一緒したことがある。 「我が人生に悔いは無し」 と言う歌を、渋く歌っていた。

ご冥福をお祈りする。

Posted by hirarin at 23:45 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月31日

石川さゆりはロックだ!

 「たけしの誰でもピカソ」で、さゆりSPなる特集をしていた。
実は、個人的に石川さゆりの隠れファンである。^^;
この方、年と共に、いい感じになってきた。きっといい生き方をしているのだろうな。

途中からしか見れなかったが、ぶっ飛んだのは、
マーティ・フリードマン
http://martyfriedman.com/ 
 がヘビメタギターを弾きながら、解説する。石川さゆりはロックだ!
ツエッペリンのBlack Dog と天城越えが同じテイストであり同時並行に弾いても全く違和感が無い。

ひえ〜。カッコいい〜。

坂田美子さん
http://members3.jcom.home.ne.jp/biwauta/plofileyoshiko.html 
 という琵琶弾きとのコラボもなかなか良かった。

こういう「遊び」がしたいな〜。ギターも随分弾いてないしな。

石川さゆりも芸暦35周年だそうで、最近は、歌芝居ということで、義太夫、落語、朗読などの新しいジャンルにチャレンジし、芸の幅を広げている。

Posted by hirarin at 22:50 | コメント (0) | トラックバック

2007年2月25日

専門看護士

出張先のホテルで偶然NHKTVのプロフェッショナルを見た。

今回の「プロ」は専門看護士の北村愛子さんである。
医師も一目置く、その的確な技術力、人間力でテキパキと働く。
天意により見守られているとでも思えるような、命が削られても構わないとでも言うような精力的且つ献身的な働きである。

過去のblogにも同じような事を何度も書いたが、「プロ」は現場指向である。
北村さんも「ベッドサイドに真実がある。」という。
日に何度も患者の所に行き,会話する。手を握ってコミュニケーションを試みる。
人と人との交流は言葉だけではない。

同僚もインタビューで証言する。
「彼女(北村さん)は実践からモノを言うので強い。」
「彼女は必ず、(何らかの)成果を出します。」
「彼女は,そっと存在します。」
「彼女は自分のやるべき事を分かっています。」

「人間は本来強い,凄い!」と彼女は言う。
医療現場だけが持っている、厳かな尊厳とでも言うべき何かを感じている。
生命がギリギリで頑張っている現場で、自分自身はエネルギーを逆に貰っていると言う。

自分と言うものを分かってないと、気持ちの整理、切替が出来ない。

日々、気の抜けない文字通り命がけの職場で、患者と向き合う。
生命と向き合う。自分自身と向き合う。

人のために一生懸命生きている人の真摯さに、迫力に頭が下がる。


Posted by hirarin at 17:45 | コメント (0) | トラックバック

2007年2月18日

PPMの応援歌

PPM(Peter Paul & Mary)は私が若い頃、よく聞き、ギターの練習曲(特に3フィンガー)としてもコピーした名曲を沢山生み出したフォークソング界の大御所である。

ニュースを見ていたらそのPPMのメンバーの一人であるNoel "Paul" Stookey が出てきた。
拉致被害者の一人である横田めぐみさんの救出を願った歌「SongForMegumi」を作り、そのPRのために来日し、横田夫妻が成田で出迎えた、と言うニュースであった。

作った歌も、さわりだけの紹介であったが、聞けた。気持ちのこもったきれいな曲であった。

感極まってお礼を述べる夫妻に対し、Paul も目を潤ませて、「夫妻が長い苦しみに耐えて来た事に心動かされた」と語った。
久しぶりに見たPaulはすっかり年老いてはいたが、人間的にも深みを増し、良い歳のとり方をしていると思えた。優しそうな静かな佇まいである。

昔、聞いたPPMの歌も、単なるラブソングというより、反戦歌などのメッセージ性の強いものが多かったような気もする。
年老いても、拉致問題や、それに対し、長い間耐えて、娘を取り戻そうとする夫妻の姿に動かされ、メッセージを発したくなったのかもしれない。

そう言えば、昨年発表された映画 「めぐみ 引き裂かれた家族」 もオーストラリアの監督が作成したものであったが、アメリカで高い評価をされたと聞いた。

Paulもこの映画を見て、めぐみさんの事を知ったのかもしれない。

それにしても、日本人からこの問題に対するメッセージが世界に発信されないのは何故だろう?
映画も,励ます歌も外国人の手によるものだ。日本人は何をしているのか?

人間として、おかしなことをおかしいと感じない、苦しんでいる人に対し、手を差し伸べようとしない、自分さえ良ければよいという自分勝手な人間になっていないだろうか?

アメリカの(年寄りの)人間が自分の素直な気持ちを表現し、メッセージを発信している姿を見て、感動すると共に,傍観している自分が恥ずかしくなってしまった。

Posted by hirarin at 16:59 | コメント (0) | トラックバック

2007年1月15日

輝さんの言葉

昨年末に「ご招待頂いた」 某高級ホテルでのプロジェクト忘年会は、一緒に苦労した仲間が集って、久しぶりに楽しい会であった。

幹事の計らいで、一人ずつスピーチをしたのも時間を忘れる要素であった。

このプロジェクトは、数少ないうまく行ったプロジェクトであるが、その大きな理由の一つが、本音ベースで議論を戦わせ、逃げない姿勢があるからだと思う。

そんな中、T.O.さん(輝さんとしておこう^^)が挨拶で、以下の言葉を吐いた。
気に止まったので、忘れないうちに記しておく。

  「喧嘩もコミュニケーション(ツール)の一つである。」
                           by  T.O

Posted by hirarin at 22:56 | コメント (0) | トラックバック

2007年1月 9日

進化論

     
        「生き残るものは、変われるものである。」
                             ダーウィン

Posted by hirarin at 23:27 | コメント (2) | トラックバック

2007年1月 8日

Live とは

広瀬香美が Mラバ でハートフルな好演をしていた。
観客から良い意味でのエネルギーを貰い、全身で歌っている。
少し吹っ切れたようだな。才能溢れる人だから再起して、自由に伸び伸びと作品を生み出してほしい。

 「Live とは、修行の場である。」
                広瀬香美

Posted by hirarin at 00:18 | コメント (0) | トラックバック

2007年1月 7日

トニーベネットの熱唱

正月にBSで 「トニー・ベネットとスーパースターのデュエット」 という番組を放映していた。
トニー・ベネットは去年8月に80歳になって「デュエット:アメリカンクラッシック」という各分野のトップスターとのデュエットアルバムを製作している。

この番組は その時の製作ドキュメント、若しくはプロモーションビデオの様なものかな。

共演者は、それぞれミリオンセラーアルバムを持っているような超豪華スターであり、選曲や、デュエットの音楽性の高さ、素晴らしさは正に最高であった。
そのトップスター達がベネットとの長年の友情と、音楽的なコラボの完成度の高さをいやと言うほど見せてくれる。その共演者たるや、

 バーバラ・ストライザンド、ダイアナ・クラール、スティング、ポール・マッカートニー、

 スティーヴィー・ワンダー、ビリー・ジョエル、エルヴィス・コステロ、

 セリーヌ・ディオン、エルトン・ジョン、マイケル・ブーブレ、ジョージ・マイケル etc

超豪華な布陣である。(早速、CDも入手したが、メンバーはTVと少し違うみたいだ。)

ベネットの歌唱も80歳と言う年齢を全く感じさせない、相変わらずの渋く、艶っぽい歌声であった。
ラスベガスなどのショーでのライブも存在感たっぷりで、さすが、という感じである。
アメリカ音楽に憧れていた若かりし頃の思い出が昨日のことのように蘇える。

80歳は、この時代ではもう、お年寄りとは言えないな。
良い年のとり方をしなくっちゃ。

Posted by hirarin at 00:56 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月16日

坂村真民さん

詩人の坂村真民さんが11日死去されたというのを、新聞情報にて知った。

 坂村 真民さん(さかむら・しんみん=詩人)が11日、老衰で死去、97歳であった。
 熊本県生まれで長らく国語の教師をされ、退職後、詩人として活動をされていた。

もう、20年も前になるだろうか、偶然手にした「念ずれば花ひらく」という本に心を打たれ、おそらく初めて詩の本を買った記憶がある。 色んな局面で、大きな安らぎを頂いた人でもある。

Webで検索すると、氏のプロフィールに、以下のような紹介があった。

【斎藤茂太氏は、『プラス思考がその人を強くする』という本の中で、このように言っている。
「真民さんの詩や文章には、人を包み込むようなあたたかさがある。それは真民さん自身が本物だからなのだ。」
「どん底を見てきた人は、人間に対する眼差しに慈愛が満ちるのだろう。」
さらに斎藤氏は、真民さんが挫析と劣等感をバネに詩をつくって来たことに共感し、心から敬意を表している。】

心からご冥福をお祈りする。

それにしても、今年は周りに亡くなる方が多いような気がする。

Posted by hirarin at 21:47 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月 3日

総合的な知性

NHK総合TVの番組 「プロフェッショナル」 を見た(その2)である。
今回は、陸上コーチの 高野 進さん の登場である。

この番組は色んな意味で製作者の意図、企画を感じ、それが興味深く面白いのだが、今回も色んなことを考えさせられた。

スポーツの世界も、我々の仕事の世界と同じ悩みや、考えていることも近いと感じ、感動したし、嬉しかった。
私が今、苦悩しながらトライしている事と全く同じだと感じたこともかなりあった。

陸上の世界でも、「総合的な知性が専門に役立つ」と言うのである。
人間力がその人を(専門力を)強くし、本番(発表の場、競技etc)に強くなるという。

そのために、彼は、 over coaching は良くないと言う。
ただ教えるだけでなく、一緒に考えるスタイルが大事であるとする。
お互いに持ち寄って新しいものを作る、常に変わっていくこと。

余裕が人を強くするということを、彼自身も、人に教えることで学んでいる。
時差ボケで寝坊し、練習に遅れたエースの選手を 「その辺が二流選手だな」 ときっぱり伝える。
一流選手は時差を考えて眠くても体調を調整するものだ、それがプロだと言う。

過度に教えない、鼓舞しない、という事で、彼は一貫している。
したがって、基本とドリルはきちんと教えるが、あとは自分で考えるしかない。
自分で考え、全人的な成長をしないと真のパフォーマンスは上がらない。

色んな生き様が最終的に形になる。

自分を追い込み、限界を超えたときの充実感。上手くいかなくとも、必ず次につながる。

「ゴールの向こうには新しい自分が待っている。」

Posted by hirarin at 21:05 | コメント (0) | トラックバック

世界に通用する日本人になれ

NHK総合TVの番組 プロフェッショナル を録画していて、幾つか纏めて見た。
今回は、カーデザイナの 奥山 清行さん である。

彼は若くして、アメリカやイタリアのトップメーカに行き、人種的な偏見などと闘いながら、世界に通用する技術を磨いた人である。TVに映る姿も、存在感たっぷりの迫力がある。

気になった幾つかのコメントを列記する。

・ハンディキャップ = 不利なもの とは限らない。
 他の人が持っていないものを持っているという逆転の発想も必要。
・フェラーリのデザインをする人はどこの国から来た人でもイタリア語で話せ。(デザインの伝統、継承、誇り)
・イタリア人はこれ以上、議論を戦わせると爆発すると言う限界を知っている。(ギリギリの議論をしている)
 従って、コーヒーブレイクなるモノがあり、にこやかに気分転換をする。
・日本人は何を切り捨てて省いていけばよいかと言うシンプルさの追及の発想 (=切捨ての美学)を持っている。
 これは日本人独特である。
・どんどん小さい恥をかいて、小さい恥を恥と思わない頃に、大きな恥もかかなくなる。
 日本人よ恥を恐れず、もっと恥をかけ。
・自分の凄さを定期的に見せつけないと人は付いてこない。
・人に怒られて初めて気が付くことは沢山ある。

Posted by hirarin at 20:20 | コメント (0) | トラックバック

2006年11月20日

岸川均さん

asahi.comの「おくやみ」欄で岸川さんが亡くなったのを知った。
59歳か。まだ若かったなあ。

我々が学生の頃、福岡に 「昭和」 というライブ喫茶があり、そこでチューリップ、甲斐よしひろ、海援隊などのバンドを排出していた。他にも、売れなかったがリンドン、妙案寺ファミリーバンド、邪紅蘭嘆^^、モッズetc思い出すな。

岸川さんはその辺の若いバンドに対し、表に、裏に支援をしていた人で、KBCラジオのディレクターをしていた。
福岡に岸川あり、と全国に名を轟かせた御仁であった。
青春時代の懐かしい名前だ。

ご冥福をお祈りする。

邪紅蘭嘆は分かる人だけ思い出してくれればいい^^。
昨日の事のように、映像がよみがえる。

Posted by hirarin at 23:44 | コメント (1) | トラックバック

2006年9月26日

模範老人

日経新聞「私の履歴書」に現在連載中の三浦雄一郎の話が面白くて毎日楽しみに読んでいる。

痛快、波乱万丈な人生に共感する所も多く、悔いない人生を生きるというのは、こういう生き方なんだろうなとも思う。

彼の父親も、物凄いひとである。ひょっとすると彼以上かもしれない。

同コラムの今日の話題の中に、「白寿の記念にモンブランの氷河を滑降する」と目標を決めて、日々トレーニングに励んだと言う話が載っている。
白寿とは99歳である!

三浦雄一郎自身も60代後半に、過去の暴飲暴食などが祟って体調が落ちた事があったらしいが、その時に自棄にならず、彼自身を新しい挑戦へと駆り立てたのは、父親の白寿にしてモンブラン滑降に挑もうとする姿であったと言う。

近所の山も登れないほど、普通の人(の体力)になっていた三浦が、翌日から新たな挑戦に向けてトレーニングを開始する。

歳をとっても、目標を立てて挑戦しようとする、失せない気力。
人に迷惑を掛けずに、人生を全うする姿勢。その為の日頃からの怠る事無い鍛錬。
人は何の為に生まれ、何を糧に生きていくのか、その情念とは、何と言う迫力だ..。

二人とも、大事な事を沢山教えてくれる、正に模範老人である。

Posted by hirarin at 22:12 | コメント (0) | トラックバック

2006年7月17日

無心の練習

実力があると言われながら、中々優勝ができず、今期も2位が3回という戦績であった古閑美保が大山志保とのプレーオフを制して、2年ぶりに優勝した。

二人とも清元登子さんと言う同じ師匠の下で指導を受け、(確か)二人とも熊本の出身だったと思う。

7ホールに渡る夏場の死闘だったが、勝負は分からないものだ、グリーンをはずした古閑の負けかと思ったが、次の寄せを直接チップインしてしまった。

確かに、打った瞬間に、ボールがいい感じで宙に舞って、入るかなと言う感じがした。

昨年、古閑はその前の年の苦戦を打破すべく猛練習をしたが、未勝利だった。
猛練習が報われなかったわけだ。

しかし、このオフも同じように猛練習を積んだと言う。

「先生は練習しか無いという。成績が良くても悪くても練習すれば次が見えてくると言う。」

それが証明できるようなチップインシヨットであった。
確実に相手に流れていた勝負の流れを断ち切ったのは日頃の練習と勝負への集中である。

久々の名勝負だったと思う。


Posted by hirarin at 10:27 | コメント (0) | トラックバック

2006年7月10日

中田英寿の引退

サッカー・ワールドカップが終わった。
Best16の時の私の予言通り、イタリアの優勝で終わった^^(ご満悦)。

TV朝日のスポーツ番組で、日本代表の特集をしていた。
最後まで走りつづけた、中田の懸命さが目立った。

ブラジル戦の前半ロスタイムで、ロナウドからヘディングで同点に追い着かれた後、引き上げる時に、中田が川口に何か強く言っているのが、ズームアップされる。

  「キーパーだろ! 今の。 前に出ろよ!何で出ないんだ!」

え〜、結構きつい事言ってるな。そこまで言うのかよ〜。

しかし、後半が始まる時には、中田は先にピッチに出て、川口を出迎え、肩を組んで激励しあう。
長い間一緒にやって、お互い、認め合っているし、技術的な追求は徹底的にやる、腹の底から怒鳴る。しかし、すぐ気持ちを切り替え、次の対応へと向かい合う、というシーンか。

一生懸命なのだ。

90分間走り通した後、放心状態の中田が倒れこむ。

中田は若い時から注目され、生意気といわれても自分のスタイルを貫き通した男である。
イタリアに渡った時、最初のインタビューで、流暢なイタリア語で自分の思いを語った(語れた)時、従来にないスポーツマン像に、驚いたと同時に、何かしら新しい時代が始まったような気がしたものだ。
中田は最初からグローバルな水準を目指し、行動し、実現していった。イチローなどと同じく、日本のスポーツ界のグローバルレベルへの水準アップ、改革をした人だと思う。

どんな状況でも、どんな事でも手を抜かず、
取り組む姿勢で人を惹きつけ、
常に先頭に立って、チームを引っ張った。

色々と学ぶ事の多い人であった。今後の活躍を祈る。

Posted by hirarin at 23:27 | コメント (0) | トラックバック

2006年7月 9日

三浦雄一郎の言葉

TVのCMで、すっかり白髪になった三浦雄一郎が階段を一歩ずつ歩くシーンがあった。
かつての冒険者の勇士、たたずまいはそこには無い。

その横を高校生ぐらいの若人のチームが走り抜ける。

三浦が味のある顔で優しい眼差しを向ける。

「体は年齢ではない。遅く始めたら、倍の時間を掛ければ良い。
                      山は逃げない。」 
                                        三浦雄一郎

Posted by hirarin at 23:55 | コメント (0) | トラックバック

2006年6月 6日

ニューヒロイン

日曜日に、女子ゴルフの中継をちょっとだけ見た。
始めて見る人だが、 中田美枝 という人に注目した。

この人は、きっと伸びるな。
苦労を重ねてきた「強い気持ち」が前面に出ていて、久しぶりに、大型の新人(かどうか知らないが)を見た。

ニューヒロインの誕生だと感じた。注目したい。

Posted by hirarin at 23:40 | コメント (0) | トラックバック

ジーコの言葉

サッカーのワールドカップドイツ大会が目前に迫って来た。
NHKBSで、日曜日にジーコの特集をやっていて、久しぶりにTVを見た。

彼の求めるサッカースタイルは自主性であり、各人の個性に基づく瞬時の判断、アイデアの重視である。
勝てないときのバッシングにもめげず、一人一人の力量、自主性を間接的に時間をかけて、育成する。
堪えて堪えて、「その時」を待つ。

中田や、宮本が自主的なアイデアや練習スタイルを提案するとき、やっとジーコが動く。

決して、ジーコのプレイスタイルを押し付けない。前の監督のトルシエとは正反対だ。
選手のプレイがかつて無い連係や、スピード感で、美しい技を築きあげる。

自ら花開いた、内からの力は色んなバリエーションへと発展し、選手自らの納得へと結実する。
一段上のステージに上る。

我々の仕事における育成とも通じる。

                 「 指示を待つな、自分で考え出せ 」
                      ジーコ (アルトゥール・アントゥネス・コインブラ)

Posted by hirarin at 23:33 | コメント (1) | トラックバック

2006年5月18日

著名的無名人

長らく、東京電力の監査役を勤められたあと、故郷の福岡にUターンされ、現在九州電力のエグゼクティブアドバイザーや福岡大学の客員教授を勤められている 永野芳宣 さんの新刊書が「日本の著名的無名人」である。

その出版祈念パーティが今日、お昼に、ニューオータニホテルであり、出席した。
東京電力の荒木顧問を始め、そうそうたるお歴々がお祝いに駆けつけていた。

肝心の著書のほうであるが、帰りに記念に1冊頂いたが、私ごときが、知っている人もかなり登場するし、地場の歴史も興味深い内容であるし、じっくり読んでみる価値があるようだ。

同じ久留米出身の小島直記とタッチが似ている文章だという印象をもった。
やはり、何度も書いたが、この時代の方々は、四書五経の時代の規範をしっかりと持ち、人間的に魅力あふれる方が多い。

Posted by hirarin at 23:52 | コメント (0) | トラックバック

2006年4月22日

幸福とは

あるTV番組で(疲れていたので、ボーっと見ていて、何と言う番組だったかは覚えていないが^^;)、美輪明宏.が 「幸福とは」 について面白い表現をしていた。

 「幸福とは、固形物(ex;ヴィトンのバッグ)を手に入れる事ではない。
   充足感を得る事である。しかし、これも所詮は長続きしないものである。
     真の充足感を得る為には、感謝できること、テーマを探せ。」

(メモを取ってなかったので、正確ではないが、大よそ、この様な事を言っていた。)

その人の生き方、価値観に繋がる事であるが、一面の真理を捉えていると思う。

では、そのテーマとは?
それを探す為に生きているようなもんだ。
永遠に追究でき、絶えず「生きがい」というエネルギーを与えつづけてくれるテーマにめぐり合った人こそ真の充足感を獲得した幸福な人である。

Posted by hirarin at 23:55 | コメント (0) | トラックバック

2006年4月 2日

頑張れJoh!

NHKのサンデースポーツで、MBLマリナーズに入団した城島選手の特集をしていた。

この人、ホークスにいる時から、さっぱりした、良いキャラクターのナイスガイであったが、シアトルに行っても、存分に持ち味を生かし、存在感を増している。

この番組での発言にも、彼らしい前向きな精神を感じた。

・ピッチャーには、マウンドまで行って、「責任を持ってリードするから安心して投げてくれ」と言い、
・サインの指の立て方一つにも、自信を見せようとし、(指は力強くピンと立てるetc)
・各ピッチャーの性格や特徴に関する情報も熱心に集め、相手に応じたエンカレッジをし、
・開幕戦は足が震えるほど緊張しますよ!と落ち着いた風情で話し、(ジョークも板に付いて来た)、
・モイヤーも城島の気さくでフランクな性格を評価していた。

彼のはっきりとした物言いに、腹の据わった、強い信念と、自信を感じた。
きっと結果を残し、シアトルの人たちにも愛されるキャラクターになると思う。

博多のヨカ男も世界ではばたけ! 応援してるぞ!

Posted by hirarin at 23:00 | コメント (0) | トラックバック

2006年3月30日

真の歌唱力

録画しておいた 「美空ひばり幻のブラジル公演」(3/28TV朝日放映) を見た。
この人の歌唱力は万人の認めるところだが、うまさを改めて再認識した。はっきり言ってぶっ飛んだ。

昭和45年、ひばり33歳の時のブラジル公演であり、モノクロの古いフイルムで、音声もさして良くないが、若く絶頂期のひばりの歌の上手い事!

どんなジャンルのどんな曲にもすっと入っていける。
ライブなのに正確な音程、素晴らしい音感。
特に日本調の曲の歌い方の艶っぽいこと。

苦労を重ねてきた日系移民の方たちのために精一杯のサービスをする姿勢。
民謡をラテン系、ロカビリー調などの色んなアレンジで熱唱し、観客をノセる。
人を惹きつける天性のエンターテナーだったんだなと感じる。

当方もそれなりに歳を取ったから、それなりに色んな音を沢山聞いてきた。
また、ひばりの特集は定期的に色々編集されているのではっきり言って聞き飽きたと言って良いほど聞いてきた。
しかも、このフィルムは、ステージを淡々と記録したドキュメンタリのようなものなので、並大抵の歌唱では飽きてしまう。従って、懐かしいだけでは満足はしないはずだが、そこにいたのは、33歳の優れて歌の上手いボーカリストであった。

いや~ひばりの歌の上手さを、再認識してしまった。

Posted by hirarin at 00:22 | コメント (0) | トラックバック

2006年2月 5日

Your Way

NHK教育TV トップランナーでリリー・フランキーなる作家、イラストレーターの番組を見た。
特別、期待して見た訳でもなく、偶然見たのだが、この人、淡々としていて何となく面白い。

家人の話によると、北九州出身の人で、福岡のローカル番組にも出ていて、そこでは下ネタ中心のアブノーマルな話を普段はしているらしい。

美大を出て、かなりの貧乏暮らしで、色んな職を経験して、今の仕事にたどり着いたらしく、人から肩書きを尋ねられると戸惑うと言っていた。

「自分には肩書きはありません。今やりたい事をやっている時が、その仕事に着いていると言えるだけです。
自分の考える事を表現する媒体や形式(文章、音楽、イラスト、アニメetc)が変わるだけで、それを人が「xx屋」と言うなら、その時の肩書きがそうであるだけだ。」と言う。

あいつはイラスト屋だから真のモノ書きではないetcとさげすむ人がいるが、そんな奴は放っておけば良い。自分は自分の表現しかできないし、人から指摘されるものなどを目指している訳ではないから。
my own wayを行くのみである。

「にせもの」が(その新奇性、時代先行性により)旧態のシステムをぶち壊す(改革する)こともある。

実態が捕らえがたい感じの人だが、淡々とした感じが良い。
若い時、滅茶苦茶、やりたい放題やって、吹っ切れていると言う感じかな。

Posted by hirarin at 23:01 | コメント (0) | トラックバック

2006年1月25日

N氏の格言

S社より格言カルタを出版しておられる大先輩のN氏と食事をしながら、歓談した。
先日のN氏の講演の話などで盛り上がった。
そこで、興に乗ったN氏が(話の流れで)即興で生み出した格言の句が、

困猿はつまみ食いして、後は来ん猿 (コンサルはつまみ食いして、後はコンサル)。

勝手に発表して良かったかな?

DSCN0237.JPG
割り箸入れの裏紙に書いたN氏自筆の格言

Posted by hirarin at 23:31 | コメント (0) | トラックバック

2006年1月 7日

佐渡ヶ嶽親方と琴欧州

NHKTV「人間ドキュメント 琴欧州の素顔」を見た。

琴欧州のブルガリア時代の素顔が紹介される。一昔前の貧しい農村の青年のように、素朴で親思いの静かな青年だ。
父親の仕事が上手く行かなかったために、日本に渡って相撲をする事を決意する。

生活習慣や言葉の壁などがあり、苦労するが、辛抱強く鍛錬に励む。その甲斐あって、短期に関脇に上り詰める。

大関を目前にした練習風景や葛藤が描かれる。
レスリング出身だけにマワシを取り投げに行こうとする意識が強く働き、前へ出る相撲が取れない。
また、優しい性格が気持ちを前に出した攻撃的な練習の邪魔をし、諦めが早い。

今場所で引退が決まっている、佐渡ヶ嶽親方(元琴桜)が親身に檄を飛ばす。
 「力を出し切れ!」  「気迫を伝えろ!」

淡々と言うが、的確な指導であり、気持ちもストレートに伝わる。 「親心」が伝わる。

静かな琴欧州の動きが変わる。
一戦毎に強くなる琴欧州が、画面で分かる。

そして、九州場所での朝青龍戦で、劇的な大金星を得て、大関昇格へと繋がる。
佐渡ヶ嶽部屋でも24年ぶりとなる大関排出となる。

ブルガリアの父親も、インタビューで息子は精神的に逞しくなったと、言う。
二人の良き「父親」を持つ幸せな大関だ。

Posted by hirarin at 12:01 | コメント (0) | トラックバック

2005年12月24日

三国清三の味覚の素

三国清三は有名なフレンチのシェフであるが、面白い事を言っていた。

彼の実家は北海道で漁業と農業を営んでいたが、ニシンも獲れなくなった時代であり、少年時代は貧しかったそうだ。しけの日、浜に出ると色んなものが打ち寄せられており、その中にホヤがあって、よく拾って海水で洗って食べたそうだ。
食欲旺盛な時期だとは思うが、ホヤは子供の口には合わないのでは、とも思うが、このホヤの複雑な味が彼の味覚を育てたと言う。

人間の味覚は8歳から12歳(小学校3年から6年くらい)の間に一番育つ。味を受容する味蕾(みらい)という舌にある細胞が最も発達する時期である。この時期にだいたい4万個にまでになるが、成人になると共に、その数は8000個から10000個に減ると言う。

ホヤは甘・酸・苦・塩味の四味が備わった食材であり、小学校の頃、彼はしょっちゅうホヤを食べていた為に味覚が発達したと言う。

人間としても一番多感な時期であり、この時期に受けた味覚の刺激でその子の味覚が決定付けられる。しかも味覚の刺激が脳の発達も促す。

こんな事を言うと家人から 「だから美味い物を食べに連れて行け」 と言われそうだが ^^;

フランスの三ツ星シェフの協会はファーストフード等による子供の食の乱れに危機感を感じ、学校に出向いて味覚教育を始めたと言う。同じようにイタリアではスローフード運動がはじまって食育教育を展開しているという。

日本の若者は無節操にファーストフードを受け入れ、コンビニ弁当を受け入れ、何にでもマヨネーズを掛けたりetc、伝統的な食は乱れていると思う。
一度、変化した食習慣や味覚は簡単には元には戻らない。何百年もかかって蓄積した文化や関連する産業もあっという間に衰退してしまう。

正に、食は文化なり、だ。

Posted by hirarin at 17:50 | コメント (0) | トラックバック

2005年11月15日

ドラッカーを悼む

マネジメント分野のパイオニア、思想界の重鎮、P.F.ドラッカーが亡くなった。
95歳の大往生であった。

昨年の今ごろだったかな、新宿の紀伊国屋ホールでダイヤモンド出版主催の世界の経営分野の重鎮を集めたセミナーがあると言う限定案内をある方から頂いて、会社を休んでかつ大枚をはたいて聞きに行ったのを思い出す。
その出演者の中にドラッカーも入っていて、生きている間に一目見たいと思い、行ったのだが、さすがにドラッカーは(高齢の為)ビデオでの出演で残念だったが^^;。
90歳を超えていてもドラッカーの存在感は図抜けていて、ボケもせず淡々とかつ論理的に話していたのを思い出す。

彼の話の中や書物の中で、我々にしてみれば既に歴史上の人物になった人が、思い出話に登場したりすると、この方の年齢を思い出して感心したりする。何と、ヒトラーの時代に同時進行形で生きていて、アインシュタインやシュンペータなどの学者とも会話をしていた人である。
常に第一線で活躍し、その蓄積された見識たるや想像に絶するものがある。

また、膨大な著作を残した人である。個人的にはそれほど沢山の書を読んだわけではないが、何冊かエポックになる重要な書物があった。
PM分野でよく議論を戦わせたYさん達と「プロフェッショナルの条件」をじっくり読んで、議論した事もあったな。
色んな雑誌や記事等で枕詞として引用される事の多い学者でもあった。

人類はまた一人、大事な頭脳を無くした。
ご冥福を祈る。

Posted by hirarin at 23:20 | コメント (0) | トラックバック

2005年9月15日

話ベタ克服

雑誌プレジデント05.8.1号に鈴木敏文さんの「話ベタ克服」我が体験、なる記事が載っていた。
業界でも屈指の論客である氏も、若いときは人見知りの話ベタであった由。
その克服方とは、

1.人前であがらないコツ
  借り物の言葉を使わず、知っている事だけ話す。
2.聞き手の共感を呼ぶコツ
  身近な例や喩えを、できるだけ盛り込む。
3.数字の力を借りる
  数字を上手く入れると聞き手への親切度がます。

4.話し言葉に言い換える
  標語をいくら並べても右から左へと抜けるだけ。
5.相手の反応を察知する
  自分に酔った話し方は聞き手には退屈。
6・自分で情報を持つ
  相手の顔を向けさせるには「エサ」の情報を自分なりに持て。
7.相手に自覚を促すコツ
  ただ話しておいただけでは、本当に話した事にはならない。

Posted by hirarin at 00:27 | コメント (0) | トラックバック

2005年9月 3日

小田和正

小田和正は1947年生まれだからもう58歳か。
オフコースとしてデビュー直後のフレッシュな時代が私の学生時代と重なっているので、リアルタイムで同時代の成長をしてきた感じである。
福岡にもよく来ていたのでコンサートにもよく行ったし、須崎公園辺りや、レコードショップですれ違ったりもした。当時のRKBラジオのスポットミュージック 「♪♪爽やかラジオ〜、RKB〜」もオフコースがやっていた時代がある。

鈴木康さんが確か東工大の制御工学科出身、小田さんは東北大の建築学科出身(その後早稲田の大学院まで行っている)であり、当時インテリデュオとして注目されていた。また、当時のミュージックシーンにはめずらしく「論」を唱える人達であった。

個人的には彼らのコーラスワークが好きで、特に当時のmajor7th系のハモが新鮮であったので、よくコピーしたり、研究したりしたものだ。

その小田さんも、もう60歳に手が届く年齢になっている。

今日の朝日新聞の生活欄に 「小田和正さんからあなたへ」 というコーナーがあり、そこで(東北大時代の)同級生へ複雑な心境と送るメッセージを載せている。

建築業界は絶頂期を終え、「大変な」同級生がたくさんいる。
同窓会で、「お前はいいよな(生活に困る事が無くて)」と言われ、黙ってしまう。

小田さんはかなりのクールな人だと思うが、最後に、「みんなで土地を探して、みんなで泊まれるような別荘を作ろう」と言う熱い提案をする。
しかし、同級生のみんなは夢のような話にしらけ、黙ってしまう。

だが、僕は小田さんの提案に共感する。
彼の次の言葉に強く共鳴する。

「これからは思い出と友達が勝負。」

Posted by hirarin at 11:10 | コメント (0) | トラックバック

2005年5月 7日

養老孟司の母

録画しておいたVTRで1ヶ月くらい前の 「グレートマザー物語、養老静江さん」 を見た。
この人は、かの養老孟司の母親である。
かなりの高齢であるが、まだ鎌倉で現役の医師である。
この親にしてこの子ありという感じだな.
息子との過去の話も色々あったが、感心したのは、ぼけずに、矍鑠(かくしゃく)とされていたこと。

次の発言に感動した。

・「教養とは「人の心」が判る力を持つ事だ。」

・「人は、やっちゃ間違え、やっちゃ間違えて、色んな事を覚えていく。だから応用が利くんだ。
一度くらい間違えたといってすぐに辞めさせたり、人を変えたりするから本当にものがわかる人間がいなくなるんだ。」

Posted by hirarin at 23:53 | コメント (0) | トラックバック

2005年4月26日

変化していく柔軟さ

プロ野球ヤクルトの古田選手が2000本安打を達成した。
大学を出、更に社会人野球を経験した人では始めての記録だそうである。
この人、記憶に残るのは、野村監督時代に、いつも野村監督の前に座らされて、現場教育ならぬ、野球術を指導受けていた姿である。
ある意味で、羨ましいなと思っていた。
野村監督により、ID野球の薫陶を受け、泥臭い選手心理や配球術などの理論を学んだのだと思う。
新聞を見ていたら、入団時に色んな屈辱を味わい、それをばねにして頑張ったのだと書いてあった。
野村さんも当初は古田の入団に反対だったそうである。

しかし、面白いのは,早い時期にスタイルが確立されてなかった事が幸いし、貪欲に他人の野球術を学び、どんどん自分を変化させていく柔軟さが彼を大きく変えていったと言うことである。
同僚の道具は必ず手にし、研究熱心だそうである。40歳を目前にして、彼の好奇心はなお衰えずである。

ある意味、(失礼ではあるが)平凡な人間でも好奇心をずっと維持し、弛まぬ努力の蓄積をすることにより非凡な花を咲かせられたと言う(貴重な)事実であり、個人的には、とてもうれしい話である。
絶えず自分を変化させていく柔軟さと言うのは大きな才能の一つかもしれない。

Posted by hirarin at 19:47 | コメント (1) | トラックバック

2005年3月 5日

アカデミー賞受賞のクリント・イーストウッド

TVでアカデミー賞受賞のクリント・イーストウッドが映し出されていた。

この人、年を取ってからの方が魅力的になったな。
昔と違って、無理して強く見せないというか、自然体になったと思う。

作っている映画も昔のような単純なものでなく、渋く、深みのある映画になったし、
74歳になって、「まだまだ、やらねばならぬ事が沢山ある。」と言い放つ。

今でもまだ魅力一杯の人だ。

Posted by hirarin at 23:26 | コメント (0) | トラックバック

2005年2月22日

大家の新兵器

先日のNHKのスポーツニュースを見て大リーガ大家の我慢の半年を見て感動した。

大家は昨年、出だし好調で、前半はスポーツニュースにも何度も登場していた。その最中に、不幸にも打球が利き手に当たり、指を骨折し、後半を諦めざるを得なかった。
色んなことが頭を過ぎったと思う。苦労を重ねたトレーニングがやっと花開いたと思った途端の不運である。場合によっては選手生命すら危なかったかもしれない。

しかし、彼は諦めなかった。致命的と思われた指の骨折を乗り越え、ゼロからのトレーニングを開始した。昨年、その姿をTVで見て、心の中で声援を送っていた。
今年、大家は変身していた。骨折をリカバリすべく、鍛えた指先が新たな技術を開発した。球にキレが増したのだ。

災いをマイナスと捉えるか、神の与え賜うた試練(チャンス)と捉えるかで、人生の岐路となる。
頑張れ大家!今年の活躍を期待する。

Posted by hirarin at 23:56 | コメント (0) | トラックバック

2005年2月 6日

仰木マジック

NHKのサンデースポーツにオリックスの仰木監督がゲストとして出ていた。
この人、何度も優勝経験があるだけでなく、イチローの名付け親であるように、アイデアマンとしても注目に値する人だ。
今期も早速、動いている。自分の人脈を生かし、
・イチローを宮古島に招聘し、ファンサービスだけでなく、若い選手に世界一のプレーを見せ、刺激を与えている。イチローのプロとしての「姿勢」を見せたかったのだと思う。
・打撃実績の悪かった昨年の数字に対応し、かって、近鉄時代の4番バッター、ブライアントをUSからバッティングコーチとして招聘している。
ブライアントも仰木監督に恩気を感じ、ファイティングスピリッツを教え込みたいと(変えるための)抱負を語っていた。

イチローはインタビューで、仰木さんに「貸し」だと言っていたので、多忙なスケジュールの中だが、仰木監督のたってのお願いを断れなかったのだと思う。この時期にスーパースターを呼び出すのは誰でもできるわけではない。

今年の抱負としてのキーワードに、「強い」だけでなく「すごい(感動)」、「楽しい」を挙げているのも、エンタテインメントを意識している証拠だと思う。

仰木マジックとはこの様な野球ビジネスを全体感で捉えたバランス感覚に優れているところだと思う。
合併問題の余波で求心力に欠けたチームに対し、大きな流れを変える「きっかけ」、「ヒント」を与えるために、動いている。まさに監督のやる仕事を早速、やっている。この行動力こそ、仰木マジックのスタートである。

Posted by hirarin at 22:59 | コメント (0) | トラックバック