2008年11月24日

君津へ

秋晴れの連休である。
姉夫婦の車に同乗して、弟の単身赴任先(君津)を訪問した。
近いうちに一度訪れたいなと思っていたので、姉に声をかけて実現した。

行きはかなりの渋滞で2時間ほど掛かったが、帰りはスイスイで半分の1時間で戻った。

首都高、京葉道路、館山自動車道を経て君津へ。
弟と合流して房総半島を時間の許す範囲でドライブした。

内房線沿いを走り、保田のあたりで海鮮料理の昼食を取り、鴨川から小湊へ。
ここでは日蓮上人の生誕の地である小湊誕生寺を参拝。
この辺りで暗くなったので、弟の家に急ぎ戻り、駅前に出て兄弟で水入らずの飲み会。

母の葬儀以来、兄弟での飲み事の機会が増えた。それまでは別々に飲むことはあっても、3人揃う事は滅多に無く、これも母の引き合わせと考えるべきかな。
久し振りに遅くまで思い出話に花が咲き、しこたま飲んだ。

翌日は午前中に富津の海岸に行った。
新日鐵の君津工場、東京湾、横浜、横須賀、大きな富士山などがパノラマで見渡せるスケールの大きな眺めだ。
房総半島の先端と三浦半島の先端はそれぞれ内側に湾曲しており、ここ(富津)から横須賀がこんなに近くに見えるのは意外で、驚いた。
風がかなり強く寒かったので、風景を十分には堪能できず早々に引き上げたが、素晴らしい海岸、風景であり、公園も大きく整備されている。また夏場に訪れたいものだ。

弟の住環境も思ったより良くて安心した。

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2008年11月23日

夢分析

ゴルフから帰ってお茶を沸かし、テレビでも見るか、と寛いでいる内に疲れから眠り込んでしまった。

ほんの2〜3時間、心地よく眠って、一旦、目が覚めた。
時計を見るとまだ23:00頃だ。
体は心地よく疲れ、日頃の睡眠とは違う質の良い「熟睡」だ。

寒いのでまた布団にもぐりこみ、うとうとしている時に夢を見た。
ある意味怖い夢であり、目覚めた今、何かのメッセージかなと机に向かい書き留めている。

小説を書く訳ではないので、細かく表現することは止めるが、このリアルな感覚は今でも小説一つくらい書けそうな位、映像として体に(脳に)残っている。

夢のストーリーは、ある他愛も無い嘘から追い込まれていき、最後は自宅に篭城し、色んな嫌がらせや「攻撃」から家族みんな+αを守るという典型的なサバイバルゲームであるが、不思議な感覚は
‥仂貎擁全員の気持ちが見える。(自分の夢だから当たり前と言えば当たり前だが、ちょっと怖い)
∈廼瓩離縫紂璽垢留洞舛もしれないが、敵(?)の攻撃がリアルでかつ具体的。
I櫃ぬ監汎辰里匹鵑茲蠅靴辛垰弋弔粉恭个捻淦ご僂鷲困Δ發里痢苦しい中にその実態から抜け出す「真の解」、「前向きな提案」をする人が出てきた。

目が覚めてもこの恐怖の残存感と、夢でよかったという安堵感と、でもこの夢の意味は何か?あの人のあの発言、行動は何か?など布団の中で映画の後の感想のように?考えているうちに本当に目が覚めてしまった。

連休初日でもあるし、多少早いが起きてしまおう。

夢は分析すると何かを教えてくれると言うフロイトのような格調高いものを考えている訳ではないが、自分の命や人生そのものが終わるような苦しみの(ストーリー展開の)中で、案外自分の潜在的な(願望、人の見方、逃避、何をしないといけないのか、etc)が垣間見えるというのは、今のこの残像、残感覚があるうちは実感として信じられる。

世紀末現象でバブルがはじけた後の世界経済も、人の心も先行きの見えない暗さ、停滞感が漂う。案外、その辺りの鬱積した心がこの夢を見せてくれたのかもしれない。
個人的な夢なので、中身を記述するのはやめるが、その短い(夢の中の)「闘い」の中で、得られた(気づいた)教訓は、

/佑人を信じられなくなったら終わりである、ということ。
▲肇螢ーは些細なことから、いつでも、どこでも始まりうる、ということ。
人間は弱く、パニックになったら自分でも想定しなかった動きをし、収拾が付かなくなる、ということ。
ざ寡櫃凌粥疑心暗鬼の心はつまらない(バーチャルな)妄想を膨らませ、実態とはかけ離れた無用な行動を生んでしまう、ということ。
イ修里茲Δ陛験の中で、もう終わりだと言う時に、冷静に「解」(らしきもの?)を述べる人がいた。しかも、(夢の記憶が正しければ)意外な人が..。

ここから先は個人的な話であり、blogで書くには限界があるので止めるが、個人的には別に纏めるに値する重要な、楽しいトリガーを見つけた。

昨今の多発する事件に見られる人間の情けない実態を見て、何らかのヒントを天の祖先が教えてくれたのかも知らない。


無節操な富の一部集中、不毛な戦争、食の品質危機、エスカレートする陰湿な虐め、親子での殺し合い、etc過去から繰り返す歴史なのかもしれないが、人類の終末が近づいているといえるような事件が続く。
今回の私の夢のように、狭くなった地球では、これらのどれ一つとっても終末を近づける騒動のトリガーになり得ると思う。

その時に今回の夢のように冷静に正しい「解」を出し、人類を導いてくれる人は現れるのか。

ITで次の時代をリードする技術がクラウドだという。これは正に、ネットワークによる人類の集合知に他ならない。正しいことを考え、判断する人々が草の根に沢山居ることを信じたい。

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安中榛名でプレイ

今年はゴルフは、とんとご無沙汰で久しくやってない。
先日、Oさんと飲んでいる時に、以前行った安中のゴルフパックが安くてよかったし楽しかった話で盛り上がった。
その中で、久し振りに行きましょうという話の流れになった。

そう言う訳で、昨日はOさん、Mさんと久し振りのゴルフを楽しんだ。
例によって新幹線で1Hrの距離であり、便利かつきれいなゴルフ場であり、パックに含まれる昼食もリーズナブル(質も量も^^;)であった。

気温は冷蔵庫の中でやるほどの寒さであったが、透き通るほどの晴天であり、全く寒さが気にならない、むしろ心地よいと感じるものであった。

半年振りの割には思っていたよりは(迷惑をかけずに)楽しく回れた。
久し振りに沢山歩き回り、心身ともにリフレッシュした。
楽しく、爽快な一日でした。感謝。

今回得た教訓
1.勝負に拘る自分 vs 全員が楽しく回っているか気遣う自分がいる。
2.勝っても負けても前向きな方向に捉え直す自分もいる。
3.ルールにきちんと向き合い自分の人間性をトレーニングする感覚がある。
4.ゴルフは自分と向き合うスポーツ。技術、スコアだけでなくメンタルも、人間性も。
5.「風の歌を訊く」心境で振る。
6.自然と一体となる贅沢を感謝する気持ち。

etcを考え直す機会を与えて頂いた素晴らしきパートナの皆様に感謝。

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2008年11月21日

Mさんの母の言葉

社内で、あるワーキングをやっている3人でたまには飲みますか、と言うことに成った。
それぞれ一定の年齢に達し、大人でもあるが、譲れない領域も持ち、それなりに面白い会話バトルであった。

プラスワンで参加していたMさんは名古屋に居る時も一緒に良くのみに行ったよき仲間であるが、久し振りにお会いして話の輪が広がった。
ここに書き留めたいと、店の箸袋の隅にメモしたMさんの母親の言葉2つ。
漁師(Mさんの父)の妻として農業も営みながら、四国のA県でこの時代を頑張ってきた「日本の母」の一人である。

話の流れの中でさりげなくこぼれた言葉である。はっとして思わずメモした。

「意識は光より早い」:仏教的な発想か。豊かなイメージが膨らむ表現であり、この年代の人の言葉とは思えない。

「目は臆病、手は勤勉」:トマトの芽切り(一部の芽を切り取ることにより残した実の成長を促進する)をしている時に、開始直後は残りの畑を見渡すと呆然とする広がりであり、嫌になる(=臆病)。
しかし、そんなことを考えずに手元の芽を一つ一つ一心不乱に切り取っていると、いつの間にか、あんなに広く沢山あった畑のトマトの芽もいつの間にか終わりが近づいている。(=手は勤勉)。

真面目な生き方が目の前に見えるような言葉である。

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2008年11月12日

自分マニフェスト

ある偉い人と会話していた時に、この部門にはプロジェクトを任せられる人がいない、と言うような発言があった。
聞いていて少し違和感を感じた。

おやおや、そんな人材、放って置いて独りでに出てくるものでもないでしょう。
人が居ないのではなく、育てなかったのでしょう。
もっと遡ると、世の中の見方、業界の見方、若い人の見方が間違っていたのではないか。

時代がどんどん動いていく。
我々が対象とする仕事のscopeも質も、以前より遥かに複雑に難しくなっている。
人への接し方、チームの纏め方、プロジェクトの纏め方、全てに以前とは変わってきた流れがあると思う。

Fixすべき所と、変えていくべき所の見極めも必要だろう。
自分のための、チームのための、プロジェクトのためのマニフェストを作ろう。
この言葉が、個人的には以前より具体的なニュアンスを持って言える様になって来たと思う。

時代を読まずには書けない。
人を見れなければ書けない。
問題を把握しなければ書けない。
自分なりのポリシーが無ければ書けない。

全て、普段やっている「事」と繋がる。

人はどうであれ、自分を変えていく、確実に進化していくための自分マニフェストを作る。
自分の見方の検証にも成る。

そう言えば、最近マニフェストという言葉もあまり聞かなくなったなあ。
風化される言葉かもしれない。

個人的にはすんなりと入ってくる言葉だ。色んなニュアンスを持った言葉として受け入れられる。
世の中の変化に対して、新しい理解、新しい攻め方を踏まえた立ち向かう勇気をどう表現するか。
正に My boom、My word だ。

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2008年11月10日

digital natives

NHKTVの同タイトルのNHKスペシャルをたった今、見た。

最近色んなところで出会う若い人の新しい感覚や思いに触れるにつけ、何となく感じていたムーブメントのかけらを、番組は上手く編集、説明していた。
残念ながら私の勤める会社ではなく、趣味で出歩くところで出会う人達だが...。

資本の論理に拘らない、自分のやりたいことへ真っ直ぐな行動を起こす。
ネットを通じて出会った人と率直に意見を交わし、年齢や肩書きは関係ない。
学びたいことは自分の納得いくスタイルで、必要に応じて、すぐに調べる。
すぐにアクションを取る。
地球の裏側の人でも、ネットで率直な意見交換をする。
SNSで仲間を募るのも簡単、短時間で可能。

世界が本当に狭くなり、「思い」がすぐ新しいうねりを作る。若さの行動力と結びつく。

このblogにも何度か書いたが、日本にも、若くて物怖じしない、堂々とした国際人が増えてきた。

頑張っている人には、天からチャンスが降りてくるし、「才能」という贈物も貰える。

昔なら考えられなかった若い人の動きが大人の世界にも具体的な影響を与え始めてきた。
この地球も確実に新たな時代へスパイラルアップを始めたのかもしれない。

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2008年11月 8日

秋葉原へ

今日は寒かった。
何と12月初旬の気温だと言う。昨日とは5〜6度、気温差があったそうだ。

その寒さの中を、秋葉原へ行ってきた。
目的は2つ。

一つは、個人的に読者として興味を持っている米国UTSA准教授の清水勝彦さんの里帰り講演があったので、会いに(聞きに)行った。ちゃんと質問もし、名刺交換もし、持参した本にサインもしてもらった^^。
なかなか面白い人、話だった。

もう一つは、IPODを買いに。
過去に買ったIPODは全部子供に取られてしまい、この一年以上はIPODホルダーではなくなっていた。^^;

120GBのIPODclassic、超薄シリコンのカバー、IPOD接続の録音ツールの3点を購入。
最近の秋葉原は交渉してもちょっとしか値引きしてくれない。(apple製品だからかな?)

それにしても寒かった。

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USの選択

やはりUSはオバマを選択した。
米国史上初の黒人大統領の誕生だ。

この国は、時として大雑把であったり、訳の分からない戦争を始めたり、出鱈目もするが、収める時はきちんと良識を働かせる。USの健全なところかな。

100年に一度の未経験ゾーンである金融危機といい、民族問題、宗教問題が複雑に絡みあったこの時代に、相対的に力が低下してきたUSを引っ張っていくのは誰がやっても相当に難しい。

それでもこの人に時代の寵児として期待したい何かを感じる。
白人と黒人のハーフであり、US、アジア、アフリカと繋がりのある背景が、今後の世界の「多様性」に対する感受性にマッチするのではないか。

この人には、色んなものを受け入れる素地と若さがあると思える。

アメリカの国民もそれを感じたから、これだけ関心が高く盛り上がったし、何かを変えたいと期待している。
難しい舵取りであるが、USだけでなく地球全体のバランスのためにも頑張って欲しい。

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バブルの崩壊

TVの解説で過去のバブルの崩壊時と今回のスケールの違いを言っていた。

 年代   実体経済のスケール  金融資産のスケール
1990年    3100兆円          5500兆円
2008年    6400兆円         2京2000兆円

ざっと、上の様な数字になるそうだ。
圧倒的に違うのは、金融資産の膨れ上がり方の異常さである。
バブルの時には、人はリターンばかりに目が行き、リスクには目が行かない。
その挙句、投資が投資を生み、異常なバブルが膨れている。

その異常な投資がサブプライム問題を契機に一斉にマーケットから金を引き上げている。
まさに心理学である。

暴走するマーケットを何らかの形で監視しないと危なくて仕方が無い。
「市場に任せれば上手く行く」と言っていたグリーンスパンも間違いを認めて詫びた。

昔から錬金術は「悪魔のささやき」と言ったものだ。

国家の枠組みも変わってきたし、金融市場の一人歩きをヘッジするためにも、モノ・サービス・金融は今後分けて考えないといけないのかもしれない。

Posted by hirarin at 21:12 | コメント (0) | トラックバック

秋吉敏子さんの料理

土曜日の朝はNHKTVの料理番組「食彩浪漫」を良く見る。
朝起きて、一仕事終えて、一休みと言うか、腹が減ったなあ、の時間でありタイミングが良い。
ゲストのトークも面白いし、結構人間性が出てきて、楽しい。

今回は、jazzピアニストの秋吉敏子さんだった。
この時代の功成り、名を遂げた人に共通するのは、
・よく食べ
・よく笑い
・感謝の意を表し
・明るい
しかも、秋吉さんは料理でもアイデア豊富であり、腰も軽い(よく動き回る)。

指を大事にするピアニストは本来なら包丁など握らないらしいが、この方は、自分でも料理するのが楽しいと言う。
USでも毎日、指の筋肉の基礎トレーニングを欠かさないそうで(これも感心する)、TVの料理番組を見ながら黙々とトレーニングするそうだ。

食べることが大好きな人には料理好きが多い。そして、皆明るく健康だ。^^

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2008年11月 2日

四十九日の法要

母の四十九日の法要を菩提寺であるH寺で行なった。
熊本から年老いた親族もはるばる来てくれた。
親族も高齢化し、出席者も物理的に数が減ってきた。(自然の成り行きではあるが)

翌日は皆で田舎の墓参りにも行って来て、肩の荷も少し降りた。これで一段落だな。

わざわざ自宅までお線香をあげに来て頂いた人たちにも心から御礼申し上げたい。
色んなご縁の連鎖でこの世は成り立っていることを今更ながら感じる。

泥臭い話もしたが、多くの方が母の思い出話をし、語りかけてくれた。
ずっと会いたがっていた高齢のお姉さんにも会えて、母も満足したことだろう。
安心して天国に行ってください。         
                     合掌。

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