2008年9月28日

辞め方

ここ数日、各方面で色んな方が辞任、引退(表明)をされた。
(福田首相、大田農水相、小泉元首相、中山国交相(たった今^^;)、王監督、清原選手、朝原選手、etc)
短期間に、あれよあれよと言う間に、思い付くだけでもこれだけの人が辞められた。

王さんから後ろのスポーツ選手の場合は、辞め際が明確で、見ている側も納得ずくで、惜しまれて(ある意味祝福して)迎え入れたと思う。

ところが、最近の政治やビジネスの世界では、「身勝手」と思える辞め方が多いと思うのは自分だけだろうか?
無責任な放棄としか言えない辞め方が目立つ。

昔の政治家は「引き際の美」を大事にし、周囲も理解し、尊重したものだ。
最近は何かおかしい。
福田さんの時も思ったが、今回の中山さんの時は、あきれ返った。
たった5日で辞める(ことになった)のは無責任以外の何者でもない。

色んな人にその仕事のスタイル、美学があり、その志と意志によって Xday を決めるのは理解するが、自らの辞める基準や的確な方針に基づいているのか。

志無きまま、引き受けて、予期せぬ問題が発生すると、命がけの努力もしないで、嫌に成ったら辞めますと言っている様に見える。

納得いく引き際のために、自らの辞める基準を決めておく必要がある。
自らの基準、的確な方針を決めておくべきだな。

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Paul Newman 逝く

中学生の頃から好きだった俳優のポール・ニューマンが亡くなった。
渋い演技が好きだった。

一番良く映画を見た頃の、印象に残るactorである。
静かで、強くて、優しい、良き時代の男だった。

容態が悪いのはニュースなどで知っていたが、残念である。
享年83歳。奇しくも先日亡くなった母と同じ歳だ。

天空で話しているかな。

ご冥福をお祈りする。

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気力が全て

TVを見ていたら、陸上のマスターズに出場していた岩手の下川原孝さん(102歳)のインタビューがあった。
この方、M100+のクラスで砲丸投に4m85の世界新をマークしたそうだ。
既にやり投げ、円盤投げでも世界新を出しているので、三冠王の達成だと言う。

元気だなあ。

100歳を超えて、投げる前にあの重たい砲丸を抱えられるかな。
しかも5m弱も投げるには相当の体力が必要だと思う。

何がその体力の秘訣かな、と感心しながら見ていたら、本人のコメントがあった。
「気力だよ。全て気力があればできる。」
と、おっしゃった。

体力ではなく、気力だとおっしゃったのが印象的だ。
確かに100歳を超えた老人の姿にはとても見えない。
悠然矍鑠としている。
家の近くには行きつけのバーがあって、ボトルもキープしているそうである。

すげ〜。

気力が生命力を引っ張る、という感じか。
見習わなくっちゃ。

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2008年9月24日

王さんの引退

ソフトバンクの王監督が引退する。
葬儀の残務整理で福岡に居たので、ローカル番組で詳しく報道しているのが見れた。

王さんも色々と苦渋の選択であったと思うが、満身創痍でギリギリの状態だったと思う。

フアンの前での挨拶も飾りの無い、王さんらしい誠実な語り口であった。
もう、吹っ切れた表情で淡々と述べていたのが印象的だった。

各界の人のTVインタビューで記憶に残ったのは、

イチロー:「数字の記録だけでなく、王さんの人柄や人間としての器の大きさが、世界の王と言われる所以だと思います。」  全くの同感だ。

王さんの従兄弟の川口さん:「彼(王さん)の口から愚痴を聞いたことは全くありませんでしたね。」


幾多の栄誉を築き上げ、プロとしてやるだけのことをやり尽くした人の悟りを得た言葉である。
淡々とした無我の別れの言葉であった。

母の永眠で、傷心の日々であり、泣くだけ泣いて空っぽの心に、王さんの言葉はスッと入って来た。そして、じわじわと浸みた。

ご苦労様でした。暫くはゆっくりお休みください。
(この言葉も、母に言ったことと、シンクロする。)

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菩提寺へ

母の葬儀が一段落し、遺骨を福岡へ連れて帰って来た。

東京の葬儀では色々とお世話して頂いた菩提寺にも御礼と、次(四十九日)の段取りをしてきた。
ご住職(Tさん)とも積もる会話ができて良かった。
母好みの立派な戒名も付けて頂き、菩提寺の有り難味をしみじみと感じた。
とにかく、これで、本当の一段落だ。

Tさんのご紹介で、東京でお世話になったS寺のご住職(Hさん)は著作も沢山あり、人当たりの良い立派な方であった。(本も1冊頂いた。)
お通夜の後も、遅くまで付き合って頂き、有難いお話を多々頂いた。ある意味楽しい会話であったし、心を癒すことができた。感謝、感謝である。
山手線沿線にお寺もあるし、時々顔を出し、お話を伺いに行こうかな。

まだ、四十九日が来るまでは納骨もできないが、
親父と同じ所に戻って、母も安心しているだろう。

母の遺影のレプリカを東京のアパートに持って行くことにした。

忌引きの休暇はもう少し(7日間?)貰える様だが、そうも言ってられないので、早く職場にも復帰しなくては。

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2008年9月18日

母、永眠す

今朝、3時47分、母が83歳の人生の幕を下ろし、永久の眠りへと旅立った。

その瞬間、色んな思い出が頭をよぎり、涙が止まらなくなった。
戦争体験も含め、激動の一生を走り抜けた人だった。

自分は贅沢をしないが、子供のためには無け無しの金をはたく人だった。
物心が付いた頃から、母の思い出は、家族のための自己犠牲の連続だった。
なのに、親孝行らしいものは尽くし足りてない。恩返しすらできていない。

振り返ると、残念であり、自分が情けない。


母の若い頃の写真は、姉がごっそり持ち出していたので、手元には少なく、忘れていたが、姉の家で久しぶりに再会した。

若い頃の母の綺麗なこと。
希望に胸弾ませた、清楚な夢見る瞳がそこにある。

健康体で、風邪をひいたのを見たことが無かった。
多少の熱なら体を動かしている内に良くなる、と言うような人だった。
人生初めての入院がそのまま目覚めぬ人になろうとは...。


もう少し、昔の話を色々と聞いておけば良かった。


中学生の頃、私が歌っていたBeatles の ticket to rideの 「she's gonna ticket to ride」 を 「静かなチョコ頂戴」 とベロを出しながら歌っていた人。

古めかしくも、モダンな面がある人であった。

私を生んでくれた人、慈しみ愛してくれた人、どんな時も裏切らなかった人、
誇り高く頑固だった人、毎朝大きな声で起こしてくれた人、質素だった人、
笑顔のかわいかった人、いつまでも待っていてくれた人、いつまでも与え続けてくれた人、・・・

世界で一番大好きだった人。


安らかにお眠りください。

さようなら。

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2008年9月17日

心の会話

母が苦しそうに、病と闘っている。見ているのも辛い。

胆嚢炎を契機にした敗血症を引き起こしている。

【敗血症(はいけつしょう、Sepsis)は細菌によって引き起こされたSIRS(systemic inflammatory response syndrome、全身性炎症反応症候群)である。細菌感染症の全身に波及したもので非常に重篤な状態であり、無治療ではショック、DIC、多臓器不全などから早晩死に至る。もともとの体力低下を背景としていることが多く、治療成績も決して良好ではない。】   wikipediaによる。

救急病院で鼻にも口にもパイプを突っ込まれ、呼吸補助や昇圧剤、抗生物質、透析etc、etcの点滴をされ、監視のためのモニターや機械群に囲まれ、苦しそうに呼吸をする母が居る。
血液、薬物の循環(の結果)とその不全(の結果)は短時間に母の外観に影響を与える。顔色、体温、腫れ、むくみ、血痕、etc見る見る間に変化し、良くも悪くも一喜一憂することになる。

どうせ永らえることが無いのなら、この苦しみから解放してあげたいという気持ちと、一刻でも早く回復させるためにできる事は何でもしてあげたいと言う、矛盾する気持ちの葛藤がある。

待機している気持ちの高ぶりを少しでも抑えるために、敗血症の俄か勉強と、投下する薬の可能性、限界などを持ち込んだPCで調べまくる。

面会が許可された時間には意識の無い母の手を握り、心の会話を試みる。親子だから、何か通じるものがあるかもしれないと、微かな期待を込めて。

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2008年9月14日

母の危篤

名古屋に出張中に、姉からTELが入り、母が発熱し、具合が悪くなり、救急車を呼んだと連絡が入った。
高齢だし、暫く入院して、大事にした方が良いね、くらいの感覚だった。

ところが、朝早くまた、TELが入り急速に悪化したので、病院から呼び出されたというので、急ぎ駆けつけた。
血圧が急低下し、昇圧剤が効かないとのことだった。

救急センターの集中治療室なので、自由に出入りはできないが、辛そうに呼吸する母が不憫である。
何とか意識を取り戻してほしい。

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2008年9月 9日

パラリンピック

オリンピックが終わったら、同じ場所でパラリンピックが始まった。
障害を持つ人の明るく、悟りを得た人生観や生き方にはこのBlogにも何度か共感したコメントを書いたことがある。
TVを見ながら、不覚にも感動して、涙を流したこともある。

今回はパラリンピックなので、その紹介もグローバルである。
TVで、USやイラクなどで戦争に出て、片足、片腕が無い人のバレーボールや水泳などで、世界一を狙う人達の生き様が紹介される。

皆、それぞれの素晴らしい物語を背景に持っている。
涙腺が弱くなった身としては、紹介の度に、相手の思う壺にはまってしまう。

障害があろうが無かろうが、年齢が高ろうが、そうでなかろうが、自分を信じて努力する。
何年かかっても一歩でも前に進む。
我々からすると、驚くほど淡々と、すぐに気持ちを切り替えて次に進む気持ちの強さがある。

ついこの前まで、負けたら立ち上がれないほど打ちひしがれたオリンピックの健常者金メダル候補を何人も見た。
パラリンピックではインタビューに出る敗者は、驚くほどサバサバとしている。
彼らが背負っている人生にはそのくらいで泣いている暇は無いと言わんばかりである。

気持ちの強さ、神に近いところで人生を見つめている本質的な強さがある。
また、スポーツができる感謝の念を、喜びを強く表現する。
風を感じて走る喜びを強く表現する。

戦争や事故などの過去のつけを自分の体に刻んだ人達である。
その悲しみを振り切る、新しい再生をスポーツを通して実行している人達である。

見上げるほどの強く、素晴らしい、そして美しい人達である。

Posted by hirarin at 21:52 | コメント (0) | トラックバック

居酒屋グループ連

会社の帰り道に何件かタイトルと同じ名前の店がある。
3ヶ月くらい前に、帰りに、Oさんが飛び込みで行ってみようということでその内の一軒に入ってみた。
良かったのは、早い時間帯に入ったら、(かなり緩やかな)1Hr制限付きで、飲み放題1200円であった。
Oさんと私にはぴったりの店である。

例によって、おつまみはこの辺りなので、それなりに安くて旨いものが出る。
腹いっぱい飲んで、食って、お一人様、3000〜4000円也である。
Oさんと私にはぴったりの店である。^^

その後、メンバを変えて何度も行ったのは言うまでも無い。

ある時、店長に聞いた。何でこの場所で、そんなに安いの?
北品川商店街を活性化するためにNPOから支援金が出るそうである。

どうりで、安くて、飲み放題なのにそれなりのブランドの焼酎が置いてある。
(ex;佐藤の黒、海、くじら、晴耕雨読、不二才、etc20種類以上、毎回変わる。)

帰りがまた遅くなってしまう。^^;

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2008年9月 7日

発見や参加の広告

TVで見かけた広告の世界の面白かった話題。
メモを取れなかったのでかなりラフな情報。

・人が一日に目にする広告は4000〜5000件
・何らかの「仕掛け」が無いと心に残らない
・「発見」や「参加」で記憶は活性化される
・例えば、動く広告を考える
 仝る動かすH見する などにより前頭葉が活性化され記憶に留まる
・発想の転換で、見る人の動きで変化する広告がある
 インタラクティブ広告の世界    双方向性がある

面白かった。
広告の世界もIT技術を活用し、心理学や脳生理学の成果などを取り込み、進化がすごい。

Posted by hirarin at 19:31 | コメント (0) | トラックバック

投げ出し

福田首相が突然の辞任を表明した。
驚いた。最近は予想の付かないサプライズが次から次へと発生する。

衆参のねじれ現象の問題や、小沢さんとの軋轢などがある中、ブレーンも無く、データと実行部隊は官僚に握られた中で孤軍奮闘していたことは理解できるが、一国の首相が、こうも「簡単に」責任ある仕事を短期で放り出されると、無責任じゃないかと思ってしまう。

マネジメントの現場で、へこたれる様な困難な状況が発生して来ることは、言わば当然の日常であり、だれでも多かれ少なかれ辞めたいと思いながらも、守るべきもののために、繋がりのある関連者のために、耐えて、闘っているものだ。

首相レベルの「困難な」問題とは想像の域を超えていて分からないが、使命感と孤独の間を揺れながら苦悩されていたのだとも思う。
しかし、大多数の国民を混乱におとしめながら、納得いく説明(責任)も果たさず、さらにマスコミに食って掛かるような言い方は感心しない。
そもそも、こんな重要な仕事は覚悟がないと受けてはいけないのだとも思う。

このような時に大事なのは「友人である」と、寺島実朗さんがTVで言っていたが、正にそう思う。
辞めたいほどの苦しさを聴いてくれ、アドバイスしてくれるような友人や仲間をいかに持てるか。

このような命をかけたような苦しみを乗り越えたときに、人間は一つ上の高みにいけるのだと思うし、それを信じて、日々、投げ出したくとも堪えて沢山の人が頑張っている。

Posted by hirarin at 18:22 | コメント (0) | トラックバック