フジTV系 「あるある大辞典」の情報。
於血(おけつ)とは血の巡りが悪く、ノロノロとした血流の事だそうで、このノロノロとした血流の人は太りやすいそうである。
大半のエネルギー代謝は毛細血管を通じて行われるので、ノロ血の人は、脂肪などが代謝されず体内に溜まってしまう。
では、この於血の改善はどうすればよいのか?
全身の血の巡りを良くするには背中を刺激するのがよいそうである。
一日中立ちっぱなし、座りっぱなしだと、背骨の辺りにある脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)が凝って血流を圧迫するそうであり、この脊柱起立筋のストレッチをすれば驚くほどの効果があるそうである。
背中の伸縮ストレッチ方法
1.足の裏をくっ付けて座り、つま先を手で持つ。
2.息を吸いながら足先を引っ張り、背筋を伸ばす。(約5秒)
3.逆に息を吐きながら前かがみになる。(約5秒)
4.2と3を繰り返す。
以上を朝晩10回ずつやる事により、血流が改善され、ダイエット効果がある。
マネジメントには、その人の人間性がにじみ出るものであり、小手先のテクニックでごまかせるものではない。
世にある方法論の表面的なテクニックのみをかついで走り出すと危険であり、失敗して初めてその限界に気が付くものである。
その意味においては、凡そマネジメントの名の付くものは、広く、教養や人間学、心理学などについても学ばねばならず、時間を掛けて取り組まねばならないものだ。
人間性とは広さと深みが必要であり、時間がかかるものだと思う。
また、引き継がれてきた歴史観や仕事観、美意識なども大きく影響するものだと思う。
昨今のアルファベットが付いた(タイトルの)学問の膨大な体系に取り組むのも無駄とは言わないが、我々日本人には、日本人のDNAにYESと書いてある(蓄積された)伝統的な人間育成の方法をもっとまじめに体系化したほうが結局は早道かもしれない。
市中にあるコーチングメソッド等には違和感を覚える。
asahi.comの「おくやみ」欄で岸川さんが亡くなったのを知った。
59歳か。まだ若かったなあ。
我々が学生の頃、福岡に 「昭和」 というライブ喫茶があり、そこでチューリップ、甲斐よしひろ、海援隊などのバンドを排出していた。他にも、売れなかったがリンドン、妙案寺ファミリーバンド、邪紅蘭嘆^^、モッズetc思い出すな。
岸川さんはその辺の若いバンドに対し、表に、裏に支援をしていた人で、KBCラジオのディレクターをしていた。
福岡に岸川あり、と全国に名を轟かせた御仁であった。
青春時代の懐かしい名前だ。
ご冥福をお祈りする。
邪紅蘭嘆は分かる人だけ思い出してくれればいい^^。
昨日の事のように、映像がよみがえる。
ある雑誌で目に付いた言葉。
「多少のリスクはあっても、やってみたい事にチャレンジしたら、失敗しても必ず得ることがある。
しかし、やってみもしないのは、やれば得られたかもしれない計り知れない可能性を失うだけだ。」
私好みの言葉だ。
だが、人生のライフサイクルの節目(年代)によって,上の言葉に対する感じ方、反応は異なって来る。
未来に対する可能性を 「未来角」 という角度で表したとする。
20代前半までの時期は、未来角360度の広がりを持った可能性がある。
年と共に狭まっていき、50代になると45〜90度くらいかな。
体力や、余計な理性などの制約でやりたくとも出来ないことが年と共に増えてくる。
一方で,agingは豊かな財産を己の中に沢山蓄積してくれている。
心がときめくテーマは年と共に広く、深く、山のように増えた。
情報の集め方、チャネルの作り方は、従来に比べ比較のしようが無いくらい便利になった。
サイバー空間を活用すれば,昔の人の数倍の効率で可能性が開けるとも思う。
人生50年と言っていた時代に比べたら、現代人は体力も気力も、余命も充分ある。
上記の角度は、考えようによっては如何様にも補えるし、多次元にも出来ると思う。
その意味において,今後の生き方の選択とフォーカスを考えると新たな課題、夢も出てくる。
これまでの自分の人生を振り返ってみたら、本当にやりたいことをやって来たのだろうかと、疑問に思うことも多い。
然らば,今後の自分の理想とするセカンドライフとはどういうものなのか?
適度な自然に囲まれ、自分のやりたい創作活動とそれらをサポートできる環境と、気の許せる仲間と...。
自分が本当に没頭できるテーマの追求と、大事にしたい人々との交流の時間の確保などを考えたら、のんびりとしている時間も無いな。
今からの時間の使い方を考えさせてくれる。
不眠不休で、死ぬ思いで頑張っても結果が出ないことはたくさんある。
もちろん、やり方が不十分なのだろうし、へぼなのだろう。
その意味において、「能力」が足りないといわれても仕方が無い。
しかし、今更、人を変えるつもりはないし、今、この机を囲んでいるメンバーで全力を尽くして頑張るしかない。
外野がなんと言おうと、本番までは一心不乱に頑張ろう。
「力」があるかないかではなく、この集中感、一体感こそ大事にしなくてはいけない。
全員で一歩進むことに価値がある。
意識の高い集団を作ることがマネジメントの要諦だ。
若い人が育ったなと思う時は、
・自分なりのデシジョンきちんと出来ていると感じた時
・体を張ってぶつかっている時
・少し背伸びした壁(目標)にチャレンジしている時
・気配りをきちんとしている時
新聞情報であるが,日立製作所とエクセル・オブ・メカトロニクス社の共同研究で,「心語り」という医療製品を生み出した,とある。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)の症状が進み、全くコミュニケーションをとることができないトータリーロックドイン状態(TLS: Totally Locked-in State)の患者向けに、問いかけに対するYes/Noを、脳の血液量を測定して判定する装置を年内に試作,発表すると言う。
製品名が個人的に興味を引くので,調べてみた。
まぶたさえ動かせない患者でも,その意思を伝えられることになると言う。
動くことも出来ない,言葉を発することも出来ない患者は,結構いると思うが、コミュニケーションが取れないことは患者だけでなく,介護している人もじれったく,辛いことだ。自分達がしてあげていることが患者にとって嬉しいのかどうかさえ,確認のしようが無いのだから。
本当に困っている患者やその介護に当たっておられる家族の方には一日も早い製品出荷が待たれる。
個人的には非常に大事な渋い研究だと思う。
先月末の日経新聞に日野原重明医師のコラムがあり,機内で目に留まった。
氏は,小学生に対する「命の教育」をずっと続けているそうだ。簡単に紹介すると,
・命とは自分で使える時間のことだ。
・人の命(=時間)を無視するようなやり方,時間の使い方は間違っている。
・仮に何かで失敗して人に迷惑を掛けたら,自分のためではなく,償いのために時間を使うという考え方
(つまり,長生きをして償いのために充てる時間を別に作る)で取り戻すことが出来る。
・命を大事にして欲しい。自分の時間,人の時間を大事にして欲しい。
・氏も,使命を感じる仕事がまだたくさんあると感じ,その使命を果たすまでなかなか死ねないと言う。
・これは氏の長寿の源にもなっている。
最近のいじめや,小さな子供の自殺に対する氏のメッセージでもあると感じる。
一生懸命やれば報われると言うものではない。分かってはいるのだろうが,同じことの繰り返しだ。
定点進捗把握のために,会議を設置したが、もっと効率よく情報共有,意見交換をしなければいけない。
疲労もピークに近い。
しかし,毎回指摘されることが,チェックできていない。数字の縦横合計があっていない。必要な資料が揃わない。定刻になっても始まらない。
イライラが募る。
作業をやるだけでよいと言うものではない。紙を出したら終わりと言うものではない。
何を伝えるのか,外してはいけない大事なものは何か。
聞いている人には作成者と同じレベルでは伝わらない。説明対応のために事前の時間的余裕取り,考えの調整も必要だ。
資料は,手書きでも何でも良いのだ。何のためにこれだけの人を集めたのか,人の時間を奪っていることにも気を回さねば。
こういう小さな確認,気配りの不足が,遅延に結びつき,客の不満にも繋がる。
今週も,休日無しか..。