2005年8月31日

魔の月

朝のTVを見ていたら、佐々 淳行氏が、8月は魔の月だと言っていた。過去の忌まわしい事件,事故は8月に起きたのが圧倒的に多いと言う。
JALの御巣鷹山墜落事故や米国のイラン、イラク侵攻も8月だった。その他にも色々と紹介していた。

そう言えば今年も羽田空港の停電事故やJALの連続トラブル、カナダや東南アジアなどでの航空事故、首都圏での地震や米国での巨大ハリケーンなど続いている。

今日で、熱くて、異常気象の魔の8月も終わる。
9月の選挙は、この時代背景で、強いリーダを選べという暗示か。

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コーレ・グース

コーレ・グースとは、沖縄そば屋などのテーブルの上に置いてある調味料である。
中くらいの瓶に真っ赤な唐辛子(島唐辛子)を泡盛に漬けたやつである。
それだけの実にシンプルな調味料なのに、そば等の汁物やピザ、チジミなどにかけると実に深い風味がする。
本当にこれだけの材料かいなと言う位、単純な材料であるが、である。

先日、沖縄に言った時に現地のOさんが手作りのコーレ・グースをお土産にくれた。
真っ赤な島唐辛子がたくさん浮いていてきれいなものである。Oさんが庭に植えていた唐辛子なので農薬も無い本当に安心して使えるものだ。色が赤い間は泡盛を継ぎ足せば何度も使えるそうだ。

毎日、少しづつ、有り難く味わっている。

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2005年8月23日

独自の発想

作家の邱永漢氏がかつて、(どこかの雑誌か何かで)言っていた話。

中華料理とフランス料理は素材が悪くとも料理人の腕で食べさせることにプライドをもっている2大料理である。
中国の金持ちは腕を競う料理なら中国人が上だと考えているから、フランス料理を食べないそうである。ところが日本料理は好んで食べるそうだ。
日本料理は「素材のよさ」を活かし、中国料理と異なる発想でうまく料理して食べさせる点を評価している。

自分たちの独自な発想を大事にし、文化にまで昇華させた所に意義があり、他国にも認められた物だと思う。どんなにレベルが高くても、競合が激しい( = 類似の技術、発想で)勝負するのは苦労が多く、報われない事が多い。

以前、書いた
「お椀の中の小宇宙」05.05.07 
にもフランス料理のシェフが日本のだしの文化を研究している話もある。
これはこれで、さすがと言うか、立派な動きである。
 

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2005年8月21日

未来の声

新聞やTVを見ながら、時々感じる以下のような事がある。

・この会社はきっと成長するな。なぜなら・・・。
・この製品は将来売れるな。なぜなら・・・。
・このメソッドはいつかブレイクするな。なぜなら・・・。
・この俳優は(曲は、作品は)今、売れてないが、近い将来売れるな。なぜなら・・・。
etcetc

これが結構な確率であたっており、手前味噌ではあるが、自分には先見の明があるとうぬぼれていた^^;。
しかし、ある意味、自分の考えが平均的なものであるということかもしれないし、当たった事だけを殊更強く記憶しているだけかもしれないと思ってもいた。

ただ、何らかの法則のような物があるとすれば、

・先見の明には必ず、「読み」の為の情報量と、読み「筋」のような物が必要である。
・直感につながる「腑に落ちる」納得がある。
・正しい情報のバックグラウンドとしての人脈、情報源を持ち、判断材料にできる。
・判断する為のコアとしての方法論を一つは持っている。
etc

違う見方をすると、このようなある種、焦点を絞った見方は、(若しくは絞り方そのもの)はビジネスシーンにおける参入者利益を得る着眼に応用できるモノである。
今までの上流工程に於ける分析技法とは少し観点を変えた切り口、整理学、リーディングで、できそうな気がする。

未来の声の掴み方である。

必ず、先行する兆候があり、それをかなりの高確度で捕まえるメソッドである。
纏めてみたい。

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2005年8月15日

きっかけ

「人生を変えるきっかけというものは、日常茶飯事のいろいろなところに転がっている」

ただ、我々がそれに気がつくのか否か。
気が付いても、actionを取れるのか、取り込めるのか。

昔、新入社員のときに、講話されたM常務が以下のような事を言っていた。
・運命の女神は皆に均等に微笑みかける。(一生の内、3度とか言っていたような気がする)。
・常日頃、精進努力している人は、一瞬でも、それを感じ、チャンスを掴む。
・力を付けていない人は、せっかく、女神が目の前を通り過ぎても気が付かない。

同じような事を色んな人が表現している。
冒頭の表現は、医師&宇宙飛行士の向井千秋さんの言葉である。

向井さんは自身が、色んな事にチャレンジし、自らの人生を大きく、豊かに「変えていった」人である。

我々は、目の前にある、女神に気が付いているか?

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2005年8月13日

夜の散歩

家の近所に、大きな公園がある。最近、更に大きく整備された。
このところ、暑さが厳しく、クーラーの効いた部屋に篭りがちであるのを反省して、夜、家人と公園を散歩する事にした。
一周600mのジョギングもできる整備されたコースになっている。

あるいたり、軽くジョグしたり、5周すると3kmになる。
終わると、公園の最上部で風にあたる。最高の心地よさである。(ビールでも欲しくなる所だ^^;)

家に帰って、風呂に入って寝る。久しぶりの熟睡であった。
それにしても、こんなに近くに結構な穴場だったな。(自分だけが気が付いてなかっただけか^^;)
なんか病み付きになりそうだな。

Posted by hirarin at 23:39 | コメント (0) | トラックバック

2005年8月 9日

空海の風景

司馬遼太郎の「空海の風景」上下2巻を読み終えた。
司馬さんの凄さを今更ながらに感じた。精力的な取材力と、博識、偏執的な掘り下げである。
遠い時代の(事実も残ってないだろうし、かなり曲げられたであろう)伝説の人の行動を色んな切り口で、今そこにいる人間のように生き生きと描く。
人間空海の面白さは勿論、真言密教や両界曼荼羅などの仏教知識についても、改めて知らなかった情報を沢山得た。

実は、この本は出版されたとき(25年程前)に、学生時代の恩師の勧めで一緒に通った読書会で、私のレポート担当に当たった本であった。しかし、当時全く読めず(理解できず)、本当に参った思い出がある。
今、この年になり、ある思いから読み返してみたが、それなりに年を重ねた事もあり、色んな味わいのある実に深い本であると思った。

空海の多才、異才を描いた伝記、小説、旅行記、空海vs最澄の比較、日本の宗教の原点を描いた学術書etcetc色んな切り口で読める。

空海を一人の人間としてみた場合、ただ感嘆するしかない程の多才振りを改めて感じるが、ミケランジェロにも通じるような、各才能が相乗効果を持ち、各々の「才能」に影響を与え、やる事成す事が全て「超」の付くレベルに高められている。しかも、書き残した物が芸術的にも貴重な作品として評価されているのも共通している。

彼の何が、いつ、どういう意識に於いて、「天才」を形成したのか興味あるところである。

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2005年8月 8日

老松の宴席

ある方のお声掛けにより、身分不相応ながら博多券番(お茶やさんのようなもの)芸者衆のいる老舗「老松」の宴席の末席を汚す事になった。
店の前を「へ~、ここがそうなんだ。」と思いながら通る事はあったが、中に入るのは始めてである。
ましてや、芸者衆は十日恵比寿のときに遠くから見るくらいだったし^^;。

贅沢な時間と「お遊び」、技術を継承する芸子さんも少なくなったという貴重な(?)踊りも楽しませてもらった。
連れて行っていただいた「ある方」は今の若い連中は本当の遊びを知らん。伝統芸能をちゃんと理解してこそ日本人だ。と力説されること頻り。

良い経験でした。

DSCN0168.JPG
       格調高い老松の玄関

Posted by hirarin at 23:13 | コメント (2) | トラックバック