2005年7月28日

なぜ本なのか

「私は能力ある人を峻別する目安が読書をするかしないか、だと思っています。
  別の言葉でいえば、人としての基礎能力である教養の多くは読書を通じて培われるからです。」
                                       成毛 眞

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2005年7月25日

養老孟司さんの講演

先日のeJAPANサミット(at有楽町国際フォーラム)における養老先生の講演の内容を少し纏めておく。顧客同伴であったし、メモを取らなかったのでうろ覚えであるが...。

・最近の脳科学の内容は全て般若心経に書いてある。
・心経にある色受想行識はそのプロセスを必要最低限に示したものだ。
・また、ゼロはインド人の発見であり、心経の根幹をなす無と空は2進法であり情報工学のベースとなるものだ。
・無と空は秩序と無秩序を表すものだ。
・意識(秩序)が全てを現すと言うが、人間は眠っている間は意識は無いので、意識は連続した線ではなく、破線である。
・その意味において事実(実態)と意識は必ずしも一致するものではなく、全体観が無いと正しい実態は押さえられなくなる。
・また、秩序がアンバランスを生み、いびつな問題(環境問題など)を生む。
・事例として、昨年、里山の人家に熊やサルが出没し、えさを取ったり家畜を襲ったりしたと言う事件が多く発生したが、マスコミは挙ってこれを異常気象による里山のえさ不足を原因にした。
しかし、自分はこれの真の原因は人家で犬を(放し飼いにせず)紐でつなぎ飼いにしたからだと考える。
・人間はこのように、部分だけの最適化(=秩序化)で全体を見ないために不都合が起きた時に真の解に目が行かない。
・昔の人は自然と上手く付き合うために、自然には必要以上に加工をせず、(バランスを崩さない範囲で)少しばかりの手を加える知恵があった。(これを「手入れ」と言う)
・教育も同様だ。子供は「育つ」ものであり、必要以上に手を下し「育てる」のは秩序の世界に追い込むだけであり、バランスの取れた人間にしないだけではないか?
・こういう事を言うと必ず、それは子育ての責任放棄ではないか、と言う人がいる。
 そういう人は自分の明日の事が自分で分かっているのか(自分の命日がいつになるのか知っているのか)と逆に問いたい。明日の事が分からない人間が(完璧にできない)秩序を絶対視してそこに押し込めるのは如何なものか?

以上、かなり主観も入ったが、大よそ、このような話があった。
養老さんの「唯脳論」でも読んでみるかな...。

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2005年7月24日

夏太りと夏バテ

フジTV、あるある大辞典の情報。

・夏は体が糖を求めているので
  一気に甘い飲料を飲むと一気に血糖値が上がる。
  そうすると、インシュリンが緊急事態を感知して一気に血糖値を下げる。
・この血糖値の乱高下を日に何度も繰り返すと血糖値をコントロールしているすい臓に負担が掛かる。
・そうすると、すい臓が糖分に過剰反応し、少しの糖分にも過剰反応し、インシュリンが(通常より)余分に出され、夏バテを引き起こす。
・また、インシュリンは余った糖を脂肪細胞に溜め込むので夏太りになる。

要は、
     ・一気に
     ・空腹で
     ・糖だけを
取ると、いけない
そうだ。

つまり、すきっ腹でのビールの一気飲みや(これが旨いのだが)、暑いからと言って麺類のみの食事を続けていると、アウトになる。

まるで、自分の事を注意されているみたいだ。気をつけよう。

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回り道の近道

TVを見ていたら、大倉正之助という雅楽奏者(鼓弾き)の話が出た。
この人、皮ジャンにバイクで現れ、いわゆる伝統芸能筋の人ではないように思えるが、顔の表情には深い味わいを感じる。

小さな頃に父親の厳しい鍛錬を受け、反発をしながらも耐えていたが、高校の頃に仲間の嗜好(ビートルズなど)と雅楽のギャップに絶えられなくなったりし、家を出て有機農業を始める。

農業に充実感を感じていたある日、同じように家業を継ぐと言う事に反発していた友人の石工の仕事振りを偶然見た。代々伝わり体に染み付いていた立派な技術を見るにつけ、その友人に、技術の継承を大事にしろと言う自分に気がつく。

その頃、一度は捨てた鼓を取り出し、海辺や,河原、山中などで弾いて見る。
自然の中で月と一体になった瞬間、何かを感じ、再度、父親の下に指導を頼みに行く。

同じようなシーンは身の回りに数多くある。会社の新人教育ならずとも、我が家の子供の教育であっても、思うようにいかないが、やはり、「自らがやりたいと思う事」が肝要であり、押し付けてもうまく行かないものだ。

親の立場で、無駄な事は止めろ、「ちゃんと」勉強しろと言っても、何が無駄で、何がちゃんとしているのか王道があるわけではない。
スキルを求めていない時にスキルを無理に押し付けても吸収しない。

大倉さんの場合、自分の体の中から湧き上がる時代背景との葛藤があり、やりたい事にチャレンジし,何かを掴んだ。かつ、自然との一体化という雅楽にとって貴重な悟りも得る事になる。

回り道をする事によりたくましい感性と貴重な経験と言う宝物を手に入れたという話だ。

人が大きく育つ時には「時期」がある。その「時期」が来たと思えるときに一気に全霊を傾けて指導する。いつもいつも、ガミガミ言うものではない。

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アゲハチョウの成虫

ずっと追いかけてきたアゲハチョウの青虫がさなぎを経て、成虫になった。

青虫のサナギ化http://open.9va.com/archives/001061.html 


アゲハチョウの青虫騒動http://open.9va.com/archives/001055.html 

実は、写真に撮ったのは全てが同一物のものではなく、結構早いサイクルで成虫化するので、別々のものを撮っている。

さなぎは、よく観察していた家人の話によると、動けないだけに、蟻や小バエなどの攻撃を受け、成虫になる確率は結構低いそうである。青虫の時代に鳥から食べられる危険も高く、残るのはわずかである。この理由により、サナギ化したものを虫かごに入れて保護したと言う経緯がある。

少しの間とは言え、世話をしたら、愛着も湧き、虫かごから出す時は、我が子の旅立ちを見送る心境になる。達者で暮らせよ〜。

DSCN0164.JPG
虫かごの中でさなぎから脱皮し成虫になったアゲハチョウ

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2005年7月16日

福岡レイクサイドCCでプレイ

今日、会社の営業部隊のコンペに参加させてもらい、福岡レイクサイドCCでプレイした。


「福岡レイクサイドカントリークラブ」:http://www.watermelon.co.jp/php/info/info.php?search=400043 

梅雨明け間際ではあるが、湿度が高く、太陽が出てきてからは熱くてたまらない、大変な一日であった。
そこそこ、いい当たりもあり、オリンピックとニアピンでは稼がしてもらったが、やはり、体力不足を痛感した。
Oとのスクラッチでやられてしまったので、今度はリベンジしないといけないが、少し走り込みなどしないと、良いプレイが長続きしないな。
まあ、月一ゴルファーとしては、少しづつ改善していけば良しとしよう。

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言葉を尽くす

NHKTVで人間ドキュメンタリー 「言葉を尽くし、医を尽くす」を見た。

国内で2例目の肝臓のドミノ移植や九州初の生体肝移植などで名前が知れた、外科医・杉町圭蔵さんは九州大学医学部の教授を退官後、民間病院の院長に就任し、2年前から“セカンドオピニオン”を聞きたいという患者や家族の相談に応じている。患者の多くががんなどの重い病を抱え、切実な思いでやってくる。

現実の死に直面した人の切実な悩みは画面を通してビシビシ伝わる。患者が博多弁だけに、余計に伝わる。じっくり時間をかけ、訪れる人の声に耳を傾け、納得してもらえるまで言葉を尽くす杉町さん。

杉町さん自らの真面目な生き方が患者との真面目な対峙となり、真剣に伝える治療方針となる。
尽くされた言葉により、死しか考えていなかった患者が生きる望みを得て、頑張ろうと言う意欲を見せる。
その気持ちが、患者が家族に伝えた言葉や残されたノートなどで紹介される。

人間は死期が迫った時に、何により、救われるのだろう。
どうせ長くないからと言って、手抜きの治療や、投げやりの言葉しか掛けて貰えなかったとしたらどうか?

杉町氏は誠心誠意、患者の言葉を聞き、治療方法を模索するだけでなく、言葉を選ぶ。
言葉を尽くし、医を尽くす。

新人医師の指導にも、「患者のベッドサイドが大事」 といい、患者との会話の中に色んな真実を見出せと言う。自問する姿勢を示す。

我々の職場にもヒントになる、考えさせられるシーンが沢山出てきた。
我々は、日々の生活でも、死ぬほど悩んでいたり、分かってもらえずに悶々としている人たちにどれだけ気付き、言葉を尽くしているだろうか?

言葉で患者と向き合う治療。言葉を尽くす治療。
杉町氏の生き方、人間性が存分に伝わり、久しぶりに感動してしまった。

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2005年7月13日

懐かしのオリビア

NHKTVにオリビア・ハッセーが出ていた。
懐かしいなんてもんじゃない。超が付くほどの懐かしさを感じた。

フランコ・ゼッフェレリ監督の 「Romeo&Juliet」 1970年(頃だった?)を丸刈り頭の多感な時代に見た。
15歳のオリビアは輝くほどの美しさで、ニーノ・ロータの美しい音楽と併せて、当時、かなりヒットしたと思う。今、思い出しても、胸キュンの映画である。
ゼッフェレリ監督はシェークスピアのR&Jを全く新しい解釈で、若い(原作の設定年齢に近い)配役で、非常に現代的な恋愛劇として表現していた。

オリビアの完璧に近い美しさは、(当時の私が)のぼせ上がるに充分で^^;、何度も見に行ったものだ。今のようにビデオやDVDで簡単に再生できる時代ではなかったので、余計に恋しかったのかもしれない。

全編に流れるニーノロータの音楽は、今聴いてもすばらしい出来で、シングルカットされた 「what is a youth」 は、間に台詞も挿入された臨場感溢れるもので、音楽、歌、台詞が違和感無く一体化した完成度の高い樂曲であった。

オリビアは最近、マザーテレサの役で映画を作ったと言っていた。早速、検索してみよう。

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昆虫に学ぶテクノロジー

TVで 赤池 学と言う方の面白い話を聞いた。
正確なメモは取れなかったが、概略、以下のような話である。

・自然はテクノロジーの宝庫である。
・昆虫には億単位の淘汰で研ぎ澄まされた「機能」がある。
・サバイバルした昆虫の「機能」に学べ。
・例えば、ガンの対処についても、
   ・サナギ化は(老朽化した、毒素の貯まった)過去の細胞(ex、ガン細胞)を殺す脱皮である。
   ・休眠ホルモンで(ガン細胞を)眠らせる。
 等の「機能」の研究により、従来の発想の壁を越えるアナロジーが貰える。

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2005年7月12日

コミュニケーション阻害

柳田邦男の「壊れる日本人」を読んだ。

人間同士や、人間と環境のコミュニケーションに、電子機器が介入すると、深いところで本質的なコミュニケーションはむしろ阻害されるのではないかと言う問題意識である。

PCを駆使するビジネスマンや医師は、交渉相手や患者を直に見ないで、(バーチャルな)PCの画面をじっと見つめる。何か変だ。

<いわゆる、ゲーム脳の問題:脳がダイナミックに成長する幼児期に、毎日テレビゲームに浸っていると、反射的な運動神経やカッとなったりする感情的反応の神経ばかりが発達して、人間として大事な、感情をコントロールする自制心や事態の全体を捉えようとじっくりと考える判断力や創造性に繋がる思考力は発達しないという説。>

仮想現実に支配されているあまり、現実世界の中での本来の自分を組み立てられない。
ケータイ・ネット依存症とでも言うべき、新しい病気か?

最近の若者の言動や、ニュースに頻繁に出てくる小学生の殺人事件等の、今までに無い、若年層の凶悪事件を見るにつけ、本書の論に共感してしまう。
人類は自ら生み出した新しい環境(病原菌?)に暫くは翻弄され、苦労させられるのだろうか?

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2005年7月11日

人を育成する方法

「人を育成する唯一の方法は、その人を忙しくする事である。」 と聞いたことがある。

別の言い方をすると、「人は修羅場で育つ」とも言う。

仏教の「四諦」は、PDCAそのものだが、「苦」からスタートしている。
苦の認識 = 修羅場 から何事も始まり、人を育てると言う事だと思う。

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2005年7月 7日

毎年恒例の人間ドック

毎年、この時期に人間ドック(半日コース)に行っている。
昨年までは、会社の総合病院があり、そこに行っていたが今年は組織を異動した事もあり、会社が紹介する都心の医療センターに行ってみた。
会社の病院と違い、まるで、ホテルか、会員制のサロンのような雰囲気にまず、びっくり。
順番や、次に何を受診するか気にしていなくとも、担当の綺麗な(^^;)女性が毎回知らせに来てくれるので、雑誌などを読んで寛いでいれば良い。これは随分と待遇が違う。

昨夜の夕食の後、飲食は一切ダメだと言うので、お腹はペコペコ状態だ。
しかし、検査が終わると静かな部屋で(あくまで食堂風ではなく、ホテルのラウンジのような所で)昼食が用意してある。
診察後の医師によるカウンセリングも、親切に当方の質問にも答えてくれる。Cランクの項目には、受診の為の紹介状も書いてくれると言う。
いや〜、かなり、満足であった。

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2005年7月 3日

楽しむ姿勢

NHKBSでメジャーリーグ、マリナーズvsレンジャーズ戦を見た。久しぶりにゆっくりとした休日で、リラックスして見た。
7回のマリナーズの攻撃の前に恒例の「私をベースボールに連れて行って」を観客全員で合唱していた。
楽しんで歌っていた。
老若男女、赤ん坊まで体でリズムを取っている。ベースボールはアメリカにとって言わば国技とでも言える競技であり、皆がベースボールを愛している事が分かる。
また、日本人が苦手な、感情をストレートに表現し、(徹底的に)楽しむ姿がそこにある。

現地でその空間にいたら感動するだろうなと思ってしまう。

昔、高校に入学した時に、新入生が全員、講堂に集められ色んな話を聞いた後、(予期せぬ)先輩達による校歌斉唱を聞いた時の事を思い出した。

2会席に控えていた吹奏楽部が伴奏を始め、2年生が皆で歌う。まるで、不意打ちであった。
初めて味わう、迫力ある大合唱、リラックスして楽しんで歌う姿。
中学生からいきなり、大人の世界に入れられたようなカルチャーショックを受けた。
たった1年しか違わないのに2年生が随分と大人に見えた。
と、同時に段取から、演奏まで先生の手を借りずに自主的に展開している姿に感心したものだ。

それまでに、感じた事の無い迫力のある音に包まれた空間。

MLBの応援歌とは関係ない話だが、全員合唱の迫力と幸せそうな人たちの顔を見ながらふと、昔の事を思い出した。

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